第25話 月夜の初陣

 夜空に絶叫がコダマする。これを街中に残すのが生者であれば、どれほどうるさかったろう。

 吹き荒れる風に裂かれ、舞い落ちる葉に斬られ、悪霊どもは恨みと憎しみにかられて黒い球体を落として消える。


「自由に踊れ

 冷たく笑え

 鳥と戯れる風の祝詞

 漂う邪気を薙ぎ払え!」


 私が唄を口ずさむ度に、祈る度に風や葉は私に力を貸してくれる。

 私は閑静な住宅街を駆け抜け、奴らを誘導する。


 もちろん悪霊が黙ってついてくるわけが無い。

 雲外鏡の後ろから飛び出して襲ってくる奴もいる。


 ゴミ箱を踏み台に飛び上がり、どこかの家の塀を蹴って体を捻る。その遠心力で、干物のような腕を伸ばす悪霊の首を蹴り捨てた。

 地面スレスレを飛んできた奴に拳骨をかまし、胴体に突進してきた悪霊に膝蹴りを入れる。


 まさか望月とのケンカが実戦に生かされる日が来るとは思わなかった。望月の体術に近いケンカの仕方を見て覚えた甲斐があった。咄嗟の攻撃も回避出来る上にそのまま反撃が出来る。

 望月と戦い方が似るのは癪だが、今回ばかりは感謝しよう。私は悪霊に肘鉄を入れてまた駆け出した。



 辺りの景色を見回し、公園が近いことを確認する。

 取り巻きが減った雲外鏡は、声にならない叫びを上げた。


「貴様モ、儂カラ高風ヲ奪ウノカ!」

「高風って名前で呼ぶなクソジジイ! 今は千代って名前なんだよ!」


 私が怒鳴りつけると、雲外鏡は酷く激昂する。

 視界をじわじわと、恨みが滲んでいく。


 どうして死んでも自由を奪われねばならないのか。

 どうしていつまでも彼女ばかりに執着するのか。

 どうして千代を苦しめ続けるのか。



 腹立たしい。ああ腹立たしい!



 私は公園に滑り込み、雲外鏡を待った。

 怒り狂って追ってきた雲外鏡も、さすがに公園には入ってこなかった。

 結界の存在に気がついたあたりで予想はしていた。

 だから私の分野に、持ち込んでやろう。


 目を閉じる。色も形もその大きさも、私の体は全て覚えている。

 頭の中でじっくりと思い描き、手にした木蔦キヅタを空へ放ち、雲外鏡に絡ませる。


「木蔦の花言葉、そりゃ『結婚』だの『友情』だの『不滅』だの、綺麗な言葉はあるけどなぁ」


 今回の花言葉は特別だ。

 花言葉の全てが美しいとは限らない。時には怖いと言われるものもある。



「悪いけどさぁ、『死んでも離さない』よ」



 私は今、悪役とも取れる笑みを浮かべているだろう。

 木蔦の先を握り、雲外鏡を力任せに公園に引きずり込む。奴は足掻き、逃げようとした。だが木蔦はもがくほどに絡まり、雲外鏡を締め上げていく。


「『死んでも離さない』。私は『悲しんでいるお前が好き』なんだ。妖術をかけられた『恨み』を忘れやしない。『憎しみ』を置き去りにはしない。でもこれは、千代さんの分の『復讐』だ!」


 私の足元に竜胆やクロユリ、弟切草、シロツメクサなどが咲き出した。



 私は腰を落とし、体を捻って雲外鏡を引き寄せる。だがあとわずかの距離で結界の内には入らない。


「あと少し、あと少しっ!」


 自分に言い聞かせるように声を出しながら、私は一歩一歩後ずさる。

 雲外鏡も負けじと引っ張るものだから、両者一歩も引かぬ綱引きが続く。

 あとほんの少し力が強ければ、結界に入る。あとほんの少しの力でいい。

 そう考えながら私は歯を食いしばって木蔦を引いた。



「毎日鍛錬をしないから、力不足になるんだ!」



 重かった木蔦が嘘のように軽く引けた。

 雲外鏡は結界に閉じ込められてどこにも行けなくなる。

 私が横を見上げると、真っ黒な着物に身を包んだ望月が、片手で木蔦を掴んでいた。

 少し離れた所には、生馬が肩で息をしながらブランコに寄りかかっていた。


「はぁ、はぁ······ひぇぇ。夜来いきなり走り出さないでよぉ。何が『近くにいる』さ! すっごい遠かったじゃん!」

「えっ、望月追いかけてきたの?」

「ち、ちがっ、お前が悪霊を呼び寄せなければ! 俺も追いかけずに済んだんだ!」

「はぁ!? このジジイだけを呼べたら苦労しねぇわ! 全部片付けたろ!」

「ちゃんと回収しろ! お前が置き去りにした球体を、誰が集めたと思ってるんだ!」

「僕だよ!」


 いつも通りのケンカを生馬が仲裁する。

 それでも止まらない私たちのケンカは、徐々に熱を帯びていく。雲外鏡そっちのけで殴り合いが始まりそうな雰囲気にまでなった。


 雲外鏡は何とか木蔦を千切ると、奇声を上げて私と望月に飛びかかってくる。

 生馬は頭を隠してしゃがんだ。


 奇声が近づいてくる。

 望月の言葉が聞き取れない。

 どんなに叫んでも奇声にかき消される。

 ──耳に、吐息がかかった。




「「うるっっっせぇ!!」」




 望月と私の拳が、雲外鏡の顔にめり込んだ。

 骨の砕ける音がして、雲外鏡は公園の入口まで吹き飛ばされる。


 同じ呼吸と、表情。足の広げ方と見下ろす角度。

 歯の食いしばり方も、拳を握るタイミングも、何もかもが一緒だった。


 空高く昇る三日月と同じ山吹色の四つの目は、憤怒の色に染まっていた。



「人のケンカを邪魔しやがって貴様」

「覚悟は出来てんだろうなぁ?」




「「叩き潰してやる!!」」

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