第24話 幽霊の行進
私の生きた街は、街の中心に丘があって、大地に深く根付いた桜の木が街全体に手を伸ばすように、太くたくましい枝を伸ばしていた。
その桜にまつわる噂を聞いたことがあったが、もう忘れた。興味が無かったのもあるが、私にはただの桜の木である。
ひとつ気になるとしたら、この桜からは自分を讃える唄ではなく、友を偲び、想う唄が聴こえることだ。
私は桜の枝に腰掛けて、街を見下ろした。
そよ風が吹き抜ける街を、行き交う人の群れは今日も楽しげで、活力に溢れていた。
命を生きる彼らと、命を捨て自らを置き去りにした私。
羨ましくはない。これが私の選んだ道だ。
だが少しくらい、自分の死んだ意味を問うことを、許してはもらえないだろうか。
私が生まれた意味を問うことを、許してはもらえないだろうか。
「皆等しく生きる理由があるのなら、死んだ私にその答えを見せてはくれないのか」
今日ばかりは、歌う気にはなれなかった。
***
お気に入りの公園だった。
住宅街の中にあって、適当な広さの空き地に遊具を置いただけの質素な公園が。
砂場もなく、鉄棒もなく、ブランコとドーム型の遊具、シーソーがあるだけの広い公園が。
私しか遊ばなかった。親子連れがこの公園の前を歩いても、見向きすらしなかった。
それは、私のためだけに造られたようにも思えて、余計に入り浸っていたのかもしれない。
「結界かぁ······」
今夜、私しか遊ばなかった理由が判明したわけだが。
公園の入口に建てられた柵に五芒星が書かれている。そういえば小学校低学年の頃、クラスメイトが幽霊伝説の発表をしていたような気がする。
内容は忘れたが、高尚なお坊さんだったか神主さんだったかが悪霊を退治するために結界を張ったらしく──
どこかに誰も入れない公園が存在する、と。
だから誰にも気づかれず、今の今まで私しか遊ばなかったのだ。
しかし、結界にも気づかないで遊び続けたなんて、相当な馬鹿か世間知らずか。あるいは両方。
「よくもまぁ、入れたもんだなぁ私」
だがお陰で助かったことがある。
結界が張ってあるということは、ここに招き入れたら最後、出られないということだ。
そして誰も知らないなら、私一人で片付けられる。
私は公園を出て、住宅街をふらふらと彷徨った。
デミになりかけて知ったのは、悪霊は恨みを集めたがること。完全な妖怪の姿になっても、恐らくその習性は変わらない。
それに上手くつけ込めば、雲外鏡を誘い出せる。
「──月影に眠り給へ 闇に身を委ね給へ
汝の求むる安寧は此処に在りて陽光に在らず
神の琴は安らぎの調
数える月は時を攫いて嘆きを奪う
神の舞は癒しの羽風
満ちゆく月は濡らす袖を乾かし給う」
私は三日月に歌い、くるくると踊るように道を行く。
トン、トン、トン、と地面を跳ねる。
合わせるように風が吹き、草木が揺れる。
雫を落とすように美しく、色を纏うように繊細に、私は自分の声を、言葉を、解放していった。
恨みの羽衣を纏い、翼のように広げると遠くから雑音が聞こえ始め、釣られるように近づいてくる。
「幸せな家は嫌い」
私が言うと、音は一つ増える。
「笑顔の子供は大嫌い」
私が踊ると、音は十に増える。
「恨まず憎まず、人の言うことを忠実に守り続けるお利口さん」
私は耳を澄ませた。
幾重にも聴こえる雑音に混じって鳴り響く、酷く歪んだ───鏡の音。
「そんな自分はもっと嫌いだ!」
私がくるりと振り返ると、雲外鏡が数多の悪霊を引き連れて空を飛んでいた。
相変わらず大きな鏡を持っていて、気持ちの悪い顔で私を見つめている。
爺の割に元気なものだ。
私は嫌味たっぷりに笑い返すと、ポケットから一枚札を出し、投げつけてやる。
風を切って飛んでいった札は、雲外鏡の顔に張り付いた。私が「爆!」と叫ぶと、札は赤い花を咲かせて奴の顔を吹き飛ばす。
私は手を合わせた。
望月がやっていた、祓い屋の礼儀作法。初めてやるが、これはいい。
どうしてやるのか何となく理解出来た。
行き場を無くした者からの、行き先一つの者への最大の皮肉。
自然と口角が上がる。気持ちが高揚する。楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「この度はお悔やみ申し上げます」
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