第23話 手を出す

 妖術の解き方を調べている間、私は書庫に何度も出入りした。その時に、私は厳重にしまわれた巻物を見つけていた。

 それに興味は無かった。今だって無い。



 だがそこに答えがあるならば、私は嫌でも手をつけよう。



 書庫の奥、カビ臭い臭いのする、窓のない部屋は古い棚が押し並び、大昔の記録から現代に至るまでのあらゆる書物が置かれていた。


 軋む床を踏みながら、私は巻物の並ぶ棚に指を添わせ、あの巻物を探した。


 確か赤かったような。こんな大きさだった。あんな太さだった。

 うろ覚えの記憶でそれを探す。しかし、必要な時に限ってそれは見つからない。

 私は内心苛立ちながら巻物を探し続けた。


 天井際から床までくまなく探すが、結局巻物は見つからない。私は怒り気味に息を吐いた。



「──ド畜生」



 どこにもないじゃないか。書庫を出入りしていた時はあったのに。


 見間違えるはずはない。大きさも色も太さも忘れたが、紐の結び目に、古ぼけた札が貼ってあったのだ。

 新品同様の巻物に、雨風に晒されたような風化した札が貼ってあったら、嫌でも記憶に残る。その他は忘れたが。


「まさか望月が持ってったとか? いや、生馬さんかも。でもさぁ、あれ一回も触ってないじゃんか。それをなんで今更──」


 私は自分の部屋の戸を開けて、動けなくなった。

 いつか望月によって設置された文机ふみづくえの上に、その巻物はあった。

 臙脂色えんじいろの巻物を、朱色の紐が留めている。その上には効力なんて期待出来ない、汚い札が貼ってある。


 私は戸を締め、巻物の前でへたりと座り込んだ。

 何でここに? 誰が、いつ、どうやって──


 きっと誰かが持ってきたんだ。きっとそうだ。

 驚いてなんかない。驚く必要は無い。


 自分にそう言い聞かせつつも、手は微かに震えている。私は巻物に手を伸ばした。

 指先で札をなぞると、なぞった先から青い火が立ち、札を焦がしていく。


 どうしよう。後で望月に怒られる。

 そう思いつつも、私は無意識に巻物を開いていた。


 以前、祓い屋の歴史と仕事についての本を読んだ時、祓い屋にはやってはいけない、禁忌の術があると書いてあった。

 幽霊が珍妙な術を使っている時点でほぼ禁忌だろ、なんて鼻で笑って読んでいたが、この巻物にあるのはその禁忌の術だった。


 口にするのもはばかられるような術の数々は、なぜ禁忌なのか書いておらずとも理解出来た。


 そして使った人間がいるとも、理解してしまった。


 私はそれでも巻物を読み進めた。

 千代がいなくなった原因が雲外鏡にある以上、私は奴を倒さねばならない。

 いや、倒すだけでは事足りぬ。地獄の底に葬り去ってやりたい。


 それが危険を伴ってもいいから。


 危険なまでの執念と憤怒で見つけた、それを可能にする方法を。私は穴が空くほど、暗唱できるまで繰り返し読んだ。禁忌と呼ばれるだけ、危険を伴っている上に代償も大きい。


 だがそれも、今の私には些細なことだ。

 大業を成すということは、少なからず代償が出るもので、それを支払わずに済むことは有り得ない。



 成せる者と、成せぬ者。両者を分けるのはその代償を払えるか否かだ。



 私は払える。いや──意地でも払う。

 私に失うものは無い。


「必ず奴を地獄の底に叩き落としてやるから。もう少しだけ我慢して──千代さん」


 私は歯を食いしばった。手を強く握った。

 私が決意を固めた直後、誰かが部屋の戸をノックした。

 振り向くと、望月が戸を開けた。


「むっ、居たのか」

「居るわ。逆に居ないと思ってたのか」

「いつもふらふらと出かけるだろうが。······まぁ、今は出かけるどころじゃないがな」


 望月はそう言うと、窓から里を見下ろす。

 私が暴走してから三日も経っていない里は、里民総出で復旧作業に勤しんでいた。


 道は荷車はおろか、人もまともに歩けないほど壊滅し、壊れた家や焼けた問屋などがあちこちに広がっている。

 まだ鎮火されていない家もあり、火消しが水桶を持って道ならぬ道を駆けていく。

 皆も道を整備することだけで精一杯だった。


「屋敷の広間を解放すると言ったんだが、まぁ、その······」

「私がいるから嫌なんだろ。知ってるとも。里をぶっ壊した張本人が居たら、恨みでどうにかなるだろうさ」


 望月は反論しようとするが、口ごもって何も言えなかった。私は望月から目を逸らし、巻物を机の下に隠した。

 望月は咳払いをすると私の前に桐の箱を出した。


 折り紙と同じ大きさの箱の中には、何も書いていない新品の人型の紙が入っていた。

 望月は私の前に正座をすると、威厳を保ちながら言った。


「これは式神だ。千代や俺が使うのを見ているから分かるだろう」

「いや、私は望月が式神を使うところ見てない」

「······なら、千代が使うところは見ただろう」


 望月はまた咳払いをすると、少し胸を張ってみせる。


「これは、術式の入っていないただの紙だ。ただの紙だが、お前の力を最大限に引き出せる。これに力を込めるのはお前だ。大事に持っていろ」


 そう言って、望月は私の前に箱を押し寄せた。

 私はその式神をじぃっと見つめ、そっと手に取った。

 別に何の力も感じない。本当にただの紙だった。


「どうせ、あの雲外鏡を許すつもりは無いんだろう? 妖術をかけられたんだ。お前の短気さから考えれば、黙っているわけがない」

「······ありがとう」


 望月は私が素直に礼を言ったことに驚いたようだが、私はそんなこと気にしていなかった。式神に力を込められたなら、私は雲外鏡を叩きのめすことが出来る。


 ──千代を、助けられる。


 使える力が手に入った。

 あとは、今までの恨みと怒りをぶつけてやろう。

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