第12話 デミとは何ぞ
京都──近江山
昨日の雨の影響か、ぬかるんだ土を踏みしめて山を登っていた。
いつも思うが、望月たちが追いかける
私は先頭を歩く望月をちらりと見た。
望月は札を鳥に変じさせると、辺りに飛ばして居場所を探す。
集中しているところに尋ねるのも悪いが、全く聞かないというのも迷惑だろう。
石の多い道を歩きながら、私は望月に聞いた。
「なぁ望月。いつも言ってるデミって何?」
「知らなかったのか。てっきり千代か生馬に聞いていると思っていたが」
「全く聞いてないよ。で、何? そのデミって奴」
望月はため息をつくと、「簡単に言うと妖怪だ」と説明をした。
妖怪には二種類ある。
ひとつは自然現象から発生した
もうひとつは人間から妖怪になったもの。
後者は更に二種類に分かれる。
生きたまま妖怪になったものと、死んでから妖怪になったもの。
「俺たちが祓うのは、後者の後者。つまり、死んでから妖怪になったものだ」
望月曰く、死んでから妖怪になったものというのは、大体が悪霊を経て妖怪化するそうだ。
亡者の恨みが恨みを呼び、負の力を増幅させてその身を変じさせる。妖怪と転じたそれは、いずれ現世にも影響を与える大いなる存在となってしまうのだ。
悪霊の状態で片付けられるのが最高だが、発見した輩の大半が妖怪になりかけていると望月は不満をこぼした。
恨みを持って死んだ人間が、踏みとどまった世界が霧の里で、そこに住む望月たちが、踏みとどまれなかった彼らを片付ける。
要は同類の尻拭いじゃないか──!!
私は拳を握り、歯を食いしばった。望月も分かっていてこの道を進んでいるのだと思うと、悔しくて悔しくて仕方なかった。
「──好きでここにいるわけじゃないのに」
そう呟いた。
言葉にしないといけない気がした。
私は更に歯を食いしばった。
抑えなければ、奴らの同じになる気がして。
「じゃあ奴らは、本物の妖怪になりきれないから
「いいや。名付けた千代曰く、『
──それで
肩の力がどっと抜けた。怒りも悔しさもどこかに流れてしまう。
私は険しい山道をまた歩き出した。
『──────!!』
風に乗って聴こえた雑音に私は顔を上げた。
唸るような、襲いかかって来るような音が、どこかから聴こえてくる。
私は辺りを警戒した。
望月は気づかずに戻ってきた鳥を指に止まらせ、得た情報に目を通す。
私は耳を澄ませた。
雑音はだんだんこちらに近づいてくる。
何処にいる?
探せ。探せ。探せ──!
「奏、この辺にいるようだ──」
「望月前見ろぉぉぉお!」
私は望月の襟を掴んで横に飛んだ。
ちょうど私たちがいた所に、例のデミが着地する。
白い毛に覆われた妖怪だ。
雪男にも似ているが、体は人と変わらぬ大きさで目と足が一つしかない。
昔読んだ本にあったような気がする。確か──一本だたら、といったか。
「あれって冬に出るやつでしょ。人襲わないはずじゃないっけ?」
「時を考えず、幽霊を襲うのがデミだ。恨みを糧とするからな。恨みを持って死んだ奴はすぐに狙われるぞ」
「それ私らの事だろうが!」
一本だたらは顔全体を覆うような巨大な目をぐりんと私に向けた。
私は少し肩を震わせた。一本だたらは、妖しげな笑みを浮かべた。
「うわぁっ!」
一本だたらはあからさまに私を狙ってくる。
望月は逃げ回る私を助けようと札を手にするが、私も奴も動きが早く、狙いが定まらなかった。
「望月ぃ! 札投げて札ァ!」
「だったら止まれ! 動かれると狙いが定まらん!」
「止まったら私が喰われる!」
私はとにかく、奴の足に踏み潰されないように逃げ惑った。木の隙間を縫うように走り、岩を飛び越えわざと足場の悪い道を選んで駆けた。
だが、一本だたらは三十センチにもなる大きな足を武器に、私の後ろを離されることなくついてきた。
足音が近くなった。それと一緒に雑音もうるさくなる。
とにかく距離を開こうと、私はパーカーのポケットをまさぐった。
ポケットには、前に書き溜めた護符が入っていた。
私は護符に縋るように念じ、後ろに投げつける。
護符は一本だたらの顔に張りついた。だが、張りついただけだ。
結界も無ければ、動きが鈍くなるようなことも無い。
ならば何のための護符なのか。
「望月ぃぃぃ! 護符効かないじゃんか嘘つきぃぃ!」
「ちゃんと結界張れるはずだろう!」
「張れてないわバカヤロォォォォオ!」
思いっきり望月に文句をぶつけ、私は望月の後ろに身を隠す。望月は不満そうに舌打ちをすると札を出して両手を合わせた。
「この度はお悔やみ申し上げます」
それが祓い屋の流儀で、相手に対する礼儀だと望月が言っていた。
一本だたらは唸り声をあげ、望月に飛びかかる。
私は奴に散々追いかけ回されたことが、どうしても腹立たしくて、どうせ望月が祓うのならばと怒りを浴びせた。
「人で遊びやがって雪山妖怪のなりぞこないが! お前なんか燃えて消えちまえばいいんだ!」
私が叫んだ直後、一本だたらに張りついた護符が燃え盛り、奴を包み込んだ。
一本だたらは悲鳴をあげながら空中で燃え尽きた。空から落ちてきた黒い球体を、望月が袖で受け止める。
そして、私にちゃんと見えるように球体を差し出した。
「これを里に持って帰って、祭壇に置いておくと一週間で浄化されて、勝手にあの世に送られる。覚えておけ」
「勝手にって······」
望月は球体に軽く頭を下げると、意味の分からない祝詞を捧げる。それが成仏させる
「全てを
あるべき所へ還し給え この者に魂の救済を」
「ご冥福をお祈りします」
望月はそう言うと、その球体を袖にしまった。
これで仕事が終わったのだと思うと、存外呆気なく感じた。
望月は「帰るぞ」と私に言った。
私は山を下りる望月の背中を追いかけた。木をかき分けて道無き道を進み、山道に足を置く───その刹那。
私の体が宙に浮いた。無重力のような感覚に髪もふわりと風に揺れた。
望月の背中が急に遠のき、私は何が起こったかも分からないままどこかに連れ去られる。
私は腹に巻きついた腕に触れた。
望月に負けず劣らずの筋肉質な腕だった。
「もちづ───!」
助けを呼ぼうとしたが、望月の背中は豆粒よりも小さくなっていた。
私は身動きも取れず、この腕の主の顔も見ることが出来なかった。
強い酒の臭いが、私の頭上から漂ってきた。
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