父の誕生日

父が愛用していたのは、手首に通せる紐の付いた、茶色の手のひらほどの小さなバッグ。

スマホと財布と小銭入れ、それから単行本が1冊入っている。


それは私が大学生になり、バイトをして買った誕生日プレゼントで、決して一流ブランドのものでは無いが、当時の私としてはかなり奮発したものだった。

少しばかり傷んでも、器用な父は修理しながら使ってくれていた。


その後、初めてのボーナスを貰った時、誕生日に新しいバッグを父と見に行ったけれど、結局二人とも疲れてしまって「あれでええわ」と買わずに帰ってきた。


そのバッグは今、ここにある。

取っ手が切れて、タイヤの跡がついている。


この取っ手はいつ取れたのだろう。


もしかしたら、一瞬父が足を緩めたのは、バッグの取っ手のせいかもしれない。


もしあの時、無理にでも新しいバッグを買っていたら、こんなことを夜中に考えはしなかっただろう。


そうすれば私は、いつもの今日と同じように父に電話をして、おめでとうと言えたのだろう。








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