父へ

麒麟屋絢丸

別れ

「じゃあね」

手を振った向こうで、父は振り返って笑った。

軽く手を上げてそのまま歩いて、交差点の雑踏の中に父の背中が紛れていく。


そうやって私が父を見送るのは、私が父に見送られたくないからだ。


「人が亡くなる前って、普段見送らへんとこまで見送りに出るんやて」

そう聞いたから。


昔から私は、父に死の影を見つけるのが怖かった。



その日、横断歩道を渡りかけた父は小走りに戻ってきて、一言、二言私に囁いた。

丁度、クラクションが鳴って、父の言葉は私の耳には届かなかった。

「え、なんて?」

聞き取れなかった言葉を問い返した。電車の発車時刻を気にしながら……


すると父は苦笑して

「ほな、着いたら電話しぃや」

点滅をはじめた信号を見て、また横断歩道に戻り


そして父は通りの向こう側には辿り着かなかった。


もし、私が見送ったら嫌やと言わなかったら、父はまだ生きていたのだろうか?


今日はその父の誕生日だ。



最後に父が囁いた言葉はなんだったのだろう。


私はまだ探している。




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