結局のところ……

「まだ鍛錬が必要だな」


 我が家、多田野家の俺の部屋にて。

 目の前に座る廻栖野に、俺はそう言い放った。


「だって急に清楚系美少女らしくとか言われても分かんねぇし」


 ややほっぺを膨らませ、ふてくされ気味に廻栖野は言った。


「おまたせ。お茶菓子持ってきたよ〜」


「ありがとう二葉」


「あ、ありがとな。二葉ちゃん」


 おぼんに飲み物とお茶菓子を乗せ、二葉は俺の部屋へと入ってきた。


「でもどうして作戦会議してるの? 清楚系美少女には変身できて周りの反応もよかったんだよね?」


 二葉の言う通り、清楚系美少女への変身は成功した。

 しかしそこには大きな欠点があった。


「見た目はよかったんだ。問題だったのは中身の方だ」


 二葉は小首を傾げ、頭の上にハテナマークを浮かべている。


「最初は廻栖野も緊張気味であまり喋らなかったから目立たなかったが、後半になるにつれて周りの反応にも慣れてきた頃だ。こいつがよく喋るようになって周りもおかしいなってなったんだよ。なんせ見ていて俺もこれはダメだと思ったからな」


 俺の台詞を聞き、廻栖野はさらにほっぺを膨らませる。

 なんかフグみたい。ヤバい。ちょっとツンツンしたい。


「んー? つまりどう言うこと? 二葉にも分かるように言ってよ」


「喋り方と立ち振る舞いだよ。あの清楚系美少女の見た目で喋り方は以前と変わらずギャルのままなんだ。しかも行動に清楚感が無い。こいつこの見た目であぐらかきながら、バカ笑いしてたんだぞ」


「それはちょっとなんだか、よくないね」


 苦笑する二葉を見て、廻栖野は恥ずかしそうに顔を伏せた。二葉に言われるのは堪えるらしい。


「だったらアタシはどうしたらいいのさ?」


 涙目になりながら上目遣いでこちらを見てくる廻栖野。

 やめろ。その清楚系美少女の見た目でやられると不覚にもドキッとしてしまうだろ。


「さっき言っただろ。鍛錬だ」


「鍛錬っていったいどうするんだよ。山に篭って修行とかか?」


「お前は山に籠もれば清楚になれると思ってるのか」


「思ってねぇーよ! ただ鍛錬とか修行とかのイメージが山籠りしかなかっただけだ!」


 発想が少年だな。こいつジャ○プを愛読してそう。


「お前にしてもらう鍛錬はそんな野蛮で過激なものではない。もっと楽チンで気楽だ」


 俺はそう言うと棚に置かれている物を手に取る。


「廻栖野。お前にしてもらう鍛錬、もとい修行はこれだ」


 俺は手にしているそれを廻栖野に見せつけた。


「"清楚な美少女天国パラダイスようこそ清純学園へ"? なんだよこれ!?」


「これはPC用の恋愛シュミレーションゲームだ。このゲームをプレイし真の清楚系美少女とは何かを学んでもらう」


 ゲームのパッケージを眺める廻栖野は明らかに嫌そうな顔をしている。

 そんなに嫌悪感をあらわにするなよ。傷つくだろ。


「こんなもんやって本当に意味あんのかよ?」


「ある。まずお前は清楚系美少女がなんたるかをまったくもって理解していない。しかしこのゲームをプレイすればその境地を垣間見ることができるだろう。しぐさ、行動理念、立ち振る舞いから心理状況まで、これら全てを集約し凝縮したのがこのゲームであり、この作品なのだ。まずメインヒロインとも呼べる幼馴染みがいるんだが、その子の慎まやかで一歩引いたような行動や言動に男の本能が揺さぶられ……」


「はいはい、もういいからお兄ちゃん」


 二葉に制され俺は我に返った。

 危ない危ない。ついヒートアップしてしまった。好きな物に対してつい饒舌になってしまう。俺の悪いくせ。

 廻栖野の目を向けると、俺の語りを聞きぽかんとしていたが、どうしたわけか急に笑い出した。

 えっ? なに? 俺そんな笑われることした? チャック開いてた!? いや、大丈夫だ。じゃあ、なぜ廻栖野は笑ってるんだ?


「ああ、悪い悪い。なんか普段無表情であんまり喋らない奴が、凄い饒舌に喋ってるの見たらなんか可笑しくてさ」


 俺は少し恥ずかしくなる。

 廻栖野に笑われたこともそうだが、俺には不機嫌そうな顔ばかりであまり笑顔を見せないこいつが楽しそうな笑顔をするもんだからつい……。いや、なんでもない。今見た目だけは清楚系美少女なこいつを見て、このゲームのヒロインと被っちまっただけだ。俺はいたって正常。いたって二次元好き。


「おい、なに固まってるんだよ」


 俺のナニは固まっていませんよ!


「お兄ちゃん……。今凄く卑猥なこと考えたでしょ?」


 うるさい二葉! うるさい!


「と、とりあえず、今からこのゲームをプレイしていく。全ルートクリアするまで帰れないと思え」


 恥ずかしさを誤魔化すため、いつもより少し大きな声になる。

 しかし、廻栖野はそんなこと別に気にしていない様子で。


「分かったよ。まずはやり方教えてくれ」


 そういえば、家に知り合いが来てゲームしたのっていつぶりだろうか。かなり久しぶりだな。

 そのせいだろうか。

 なんだか少しだけ俺はワクワクしていた。

 これが何に対する気持ちなのかは分からない。


「ちょっと待ってお兄ちゃん」


 なんだよ。今結構いい感じに締めくくろうとしてたんだけど。


「…………。うん。大丈夫だね。このゲームは15歳以上の対象年齢だからえっちなやつじゃないね」


「ええっ!? エッチなやつがあるのか!?」


「あります。お兄ちゃんはこの棚の奥にたくさん……」


「やめろ。バカ。やめろ」


 俺はすかさず二葉を取り押さえ、勢いのまま自分のベットに押し倒した。


「お兄ちゃん……。二葉とお兄ちゃんは兄妹だよ? そういうことはいけないと思うの」


 なんで涙目? なんでちょっと頬を赤く染めてるの? なんでそんな可愛いらしいの?


「多田野……。アタシもそれは引くわ」


 廻栖野の冷めた声が聞こえる。


どうして。俺、悪くないじゃん。

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