清楚系美少女

 まだ人の少ない朝の学校。朝のホームルームまで三十分以上の時間がある。

 いつもなら無駄にこんな早い時間に学校へ来たりはしない。

 しかし、今日はしっかりと見届けなくてはならない。兎にも角にも俺が言い出しっぺなのだから。

 昨日、廻栖野は星乃の手により変身を遂げた。それはもうギャルの面影など微塵もない、理想の清楚系美少女だった。少なからず俺はそう思った。

 しかしながら俺の感想だけでは正直あてにならない。なんせ基本的に二次元しか興味のない人間である俺は、一般人の感覚とはズレがあるかもしれない。

 一応、二葉や星乃もその変身っぷりに絶賛していたが、星乃は自身がコーディネートした側だし、二葉は大抵誰に対しても綺麗とか可愛いと言うので俺ほどではないがあてにならないのだ。

 だからこそ、今日ここで、この教室で廻栖野の変身を周囲の人達がどう思うのか。本当に変身は成功しているのかを確認するのだ。

 またここで評判が良ければ、廻栖野が告った相手にも噂が伝播し、チャンスが訪れるかもしれない。

 しばらくすると、生徒の数も増えきた。

 廻栖野はまだ来ていない。遅いなあいつ。

 まさかみんなに見られるのが恥ずかしくて怖気づいたんじゃないだろうな。

 そんなことを考えていると、教室への扉がガラリと音を立てて開かれた。

 その瞬間、教室内の空気が一変した。今まで騒がしかった教室は、教室に入ってきた人物を目にした者は、まるで声を奪われてしまったのかと思うくらい唐突に静かになっていった。

 気持ちは分かる。俺も昨日初めてこいつの姿を見た時、今この教室にいる奴らと同じ反応だった。まあでもすぐにこれは二次元じゃないと言い聞かせて俺は目が覚めたけどな。

 教室に入ってきた人物、廻栖野は昨日までのザ・ギャルな風貌から一変、どこからどう見ても清楚清純を体現したかのような姿だった。

 金髪でパフェのように盛られた髪は黒く染められ、指をかければ砂浜の砂のようにすり抜けていきそうなくらい艶やかだ。

 顔のメイクも今までの派手な感じではなく、薄ら整える程度の化粧で素材の良さと言うのか、童顔である廻栖野にはより可愛らしいさが引き立っているように思える。

 着崩していた制服も正しく着こなす。しかし、アピールポイントは決して妥協せず、スカートは少し短め。それでも清楚感を失わないのは身につけてたタイツのおかげだろう。


「おはよう」


 廻栖野は一言挨拶をする。いつも「チィース!」「うぃっすー!」とか頭の悪そうな挨拶だが今回に限っては普通にだ。


 静寂に包まれた教室が再び騒めき始めた。


「おい、あれ廻栖野だよな? 突然どうしたんだ?」


「いきなり変わり過ぎだろ。でも、なんか前よりその、可愛い気がする……」


「お、俺もそう思う。どうしよう。なんか胸がキュンと痛くなってきた。病気かな?」


「実は俺も。うわっ。なんだこの気持ちは!? スゲードキドキしてきた!」


「胸の痛みが生じる原因として、胸部には、肺、胸膜、心臓、骨、神経、筋肉、一部の消化器臓器が存在し、様々な原因が考えられ、一般的に心臓や肺の病気は胸痛を伴う頻度が高い。中でも緊張性気胸、急性冠症候群、大動脈解離、肺塞栓症、食道破裂などの病気は緊急性を有し……」


 一人ズレてるおかしな奴がいるが、周りの反応を見る限り変身は成功だな。


「どったんのメル? どうして急にそんな格好になったの? いや、めちゃくちゃ可愛いよ。それこそ女の私でも嫉妬するくらい」


 廻栖野は普段から集まっているグループの生徒に囲まれている。

 まだその清楚系美少女が恥ずかしのか、口数はいつもと比べてかなり少ないご様子。

 しかし自分の席で寝たフリをしながら廻栖野を観察していたが、特に問題はなさそうだな。よし、これでやっと本眠りできる。昨日、夜更かししてずっと眠かったんだよなぁ。

 俺が廻栖野から目を離そうとしたその時、ちょうどこちらを向いた廻栖野と目が合った。

 廻栖野は周囲には分からないように小さなピースサインを作った。そして俺から目を晒し、何事もなかったように再び会話に混ざった。

 その行動に不覚にもドキッとしてしまった。

 二次元しか愛さないと誓った俺の心を揺さぶるとは、清楚系美少女恐るべし!

 ちなみにその後、目が冴えてしまい眠れなかった俺は、あろうことか絶対に寝てはいけないと言われる国語教師の鬼瓦おにがわらの授業で爆睡してしまい、地獄のお折檻を食らったのだった。

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