一人になりたいギャル

「うおっ」


 つい声が出てしまった。

 仕方がない。それほど驚いたのだから。

 俺の顔のすぐ横に廻栖野の顔があったのだ。

 そして、俺の身体の上に何やら柔らかく弾力のある物が二つ押しつけられている。

 これはマズい。早くこの状態でから抜け出さなければ!

 廻栖野を俺から引き剥がそうと肩を掴んだその時、彼女の顔に違和感を覚えた。

 あれ? こいつ……。


「う、うーん……」


 廻栖野が目を覚ました。

 あ、この状況マズい気がする。


「あーいてぇ……。ん? うわあっ!」


「うわっ。いてぇ……」


 廻栖野のは俺を突き飛ばし距離をとった。


「テメェ! 何アタシの身体触ってんだ!」


「誤解だ。俺は倒れてきたお前を助けようとしただけだ」


「嘘だっ! アタシの肩を押さえ込んで、その、キ、キスしようとしたじゃねぇか……」


 廻栖野は恥ずかしそうに顔を赤らめてそんな事を言い放った。

 その言葉を聞いて、俺はすかさず反論する。


「おい、ふざけんな。お前なんかに興味ねぇよ」


 この俺が三次元女子、しかもギャルなんかに好意を抱くわけないだろ。

 俺が好きなのは二次元オンリーだ! 二次元ラブ! 二次元神! 二次元マジ尊い!


「お前なんかってなんだよ。はぁ〜、やっぱりアタシって魅力ないのかなぁ……。こんな根暗童貞ムッツリにも興味ないとか言われて……」


 先ほどまでの強気な態度はどこへやら。なんだかかなり落ち込んでいる様子だ。

 すると突然、廻栖野は涙を流し始めた。

 えぇ!? 泣くほど傷付けること言ったか? どうしよう。とりあえず持ち上げて機嫌を取ろう。


「おい、泣くなよ廻栖野。お前は魅力的だよ。まあ、その派手な金髪と目のやり場に困る着こなしと乱暴な言葉遣いを除けばそこそこいい感じに魅力的だと思うぞ」


「アタシの特徴殆ど否定してるじゃねぇかぁぁーーっっ!」


 しまった。つい本音が出てしまった。

 さらに泣かせてしまった。


「ひっく、ひっく……。好きな人に告白したらギャルっぽい子はちょっととか言って振られるし、根暗オタクにはアタシの特徴全部否定されるし、もうヤダ! こうなったらここから飛び降りてやる!」


 突然、自殺宣言を言い放ち廻栖野は走り出した。

 なんでこいつこんなにも衝動的なんだ?


「バカ! 早まる……な?」


 俺が珍しく大声を上げ、止めようとしたその時、廻栖野は再び盛大に足を滑らせ、無様にも倒れた。あ、おでこからいったんじゃないかな?

 こいつはもしかしたらドジっ子属性を持っているのかもしれんな。


「おい、廻栖野」


 俺は尻を突き出し、見るも無残なかたちで倒れ込みながら泣いている廻栖野に声をかけた。


「ぐす……、なんだよ……」


 その体勢で返事されると尻と喋ってるみたいだな。ヘイ、尻! なんちゃって。まあ冗談はさておき。


「振られて辛いのは分かるが、飛び降りようとするのはダメだろ。さすがにドキッとしたぞ」


 ちなみにドキッというのはもちろんこいつに恋したからとかではない。あの光景見て恋に落ちたら俺はドジっ子萌え属性好きになってしまう。まあ二次元好きの俺にとっては少し好感は持てたが。


「うるせぇよ……。ずっと、ずっと好きだったんだよ」


 えっ? 俺のことを? とか言って茶化したらきっとボコられるだろう。よし、やめておこう。


「中学生の頃からずっとだ。今日、勇気を振り絞ってやっと告白したんだ。なのに……。なのに、ギャルはちょっととか意味分かんなぇよ!」


 そう言うと廻栖野はまた泣き出した。

 こいつ見た目のわりにかなり泣き虫だな。

 たぶん俺が屋上に来る前から泣いていたんだろう。だからさっきあいつが転んだ時、顔に涙を流した後があったんだ。

 さすがにかわいそうに思えてきた。

 俺がこいつにしてやれることは何かあるだろうか。

 俺が廻栖野を慰めようとしたところで暴言を吐かれてお終いだ。

 ならどうするか。


「なあ廻栖野」


「なん……だよ、ぐすっ」


 顔はこちらに向けず、尻を向け返事をする廻栖野。


「お前が告白した奴はお前がギャルだから告白を断ったって認識でいいのか?」


「そんなの知らねぇよ! ただそれっぽい理由で振られた……。今まで付き合った彼女はみんな清楚系らしいしな。って、てめぇそんなこと聞いてアタシをバカにしてんのかぁぁ!」


 怒りに比例して目の前の尻は激しく揺れている。なんかエロい。


「別にバカになんてしてない。むしろそこまで真剣に人を好きになれるお前を凄いと思ってるよ。まあ二次元に対する愛では俺はもっと凄いがな」


「はあ? お前、何が言いたいんだ?」


 ハテナマークを浮かべ尻が傾く。ってかこいつの尻面白過ぎだろ。

 まあ、尻はさておき、俺は少し考える。そして、考えを頭の中でまとめ、それを口にした。


「お前が望むなら、お前をギャルから普通の女の子……もとい俺好みの二次元風女子へと変えてやる」


「……はぁっ!? 何言ってんだ? 意味が分からないんだけど」


 俺もなぜこんなことをこいつに言っているのか自分でもよく分からない。

 ただなんかこう、放っておけない。

 俺は廻栖野を納得させる為にプレゼンテーションを続ける。


「俺は数多のギャルゲーをやってきた。だからどういうシュチュエーションが男に受けるか熟知している。行動、仕草、台詞、その全てをお前に叩き込んでやる!」


「待て待て待て! アタシはギャルをやめたいなんて一言も言ってないし! それにそんな今さら変われるなんて思ってねぇし……」


 強情な尻だな。だがしかし、もう一押しな気がする。


「変われるさ。なぜならお前には行動力とその一途さがある。新しく何かを始めるにあたって必要な要素はしっかりと持っている」


「けどけどけど! そんな中身ばっかり変わってもこの見た目じゃ結局……」


 お? だいぶ気持ちが傾いてきたようだ。尻の籠絡は目の前だぞ。


「そのことなら心配ない。見た目を変えるスペシャリストがこちらには存在するんだ」


「でもでもでも……」


「俺がその気になっているんだ。早く決めろ。そろそろお昼が終わっちまう」


 俺がそうい終えた瞬間、タイムリミットを告げるチャイムが鳴り響いた。

 現実はいつでも非情だ。時間は決して待ってはくれない。故に俺も待たない。


「はぁ……」


 俺は深くため息を一つ吐き、廻栖野に背を向け、屋上の出口へと歩き出した。


「待ってくれ!」


 後ろを振り向くと、尻……ではなく、涙で顔を濡らしながらもどこか決意をしたような真剣な眼差しを俺へと向けている廻栖野の姿があった。


「お前、本当にアタシを変えられるのか?」


 俺は普段無表情だとよく言われるが、恐らくこの時少しだけ笑ったと思う。


「それは俺には分からん。お前が変わる為に頑張るのなら言い出しっぺの俺は精一杯尽力するよ」


「なんだよ。それ」


 廻栖野も笑った。いや、もしかしたら俺の笑った顔がキモ過ぎて引きつっただけなのかもしれない。

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