第6話 お腹いっぱい、胸いっぱい

 ヒロキを家に上げた。


 とはいえ、キッチンだ。自分の部屋は恥ずかしい。何を見られ、何を言われるかわからない。


 母さんはパートが終わるのは夕方、お父さんが帰ってくるのは夜だしまだ帰らない。


 時間はまだお昼。完全に二人だけの空間だ。


 さてどうしたものか。二人キッチンのテーブルに向かい合って座った。


 こんな緊張するならあげなきゃ良かったかも。でも私はヒロキといたいんだ。照れるけど、実際嬉しい気持ちの方が勝ってる。


「あっ」


 周りを見回すヒロキが声をあげた。


「何? どうしたの?」


「あの写真」


「!?」


 キッチンだと思って油断していた。壁には家族で写っている写真と私の幼稚園の頃の写真が貼ってあった。


「これって小さい頃の静流だよね、へぇ」


「ちょ、ちょっとこれは見ないで!すごく恥ずかしい!」


「いいじゃないか別に、可愛いじゃん」



 ヒロキはズルイ、可愛いって言われたら何も言えなくなるじゃない。



「静流にもこんな可愛い時があったんだね」


「今は可愛くないのかよ」


 変に暑くなったので私はエアコンを入れた。


 グー


「なんの音?」


「ごめん僕のお腹の音だ、今お昼だもんな〜お腹空いてきた」


 もう十三時、お腹が空いてるわけだ。


「簡単なので良かったら出すけど食べる?」


「なんだか悪いな、でもせっかくだからごちそうになろうかな、でもなぁ」


「あんた悪いと思ってないでしょ?まぁいいわ、ちょっと待ってて」


 確かパスタの乾麺が戸棚に残っていたはずだ。冷蔵庫を覗くと昨日のサラダも残っている。


 サッとパスタを茹で、ツナマヨのソースを混ぜて上にカイワレを乗せた。小皿に昨日のサラダを分けて完成!簡単だ!


 テーブルにパスタとサラダを差し出し、ヒロキはスルッとパスタをほおばる。


「おいしい」


「そう、良かった。まぁパスタ茹でてソース混ぜただけだから誰でも出来るんだけどね」


「この上に乗ってるのは?」


「カイワレ大根。うちじゃこれが基本なの」


 私も追いかけるようにパスタをスルッと食べ、ほおばる。おいしい、さすが私が茹でたパスタだ。


 二人ともお腹が空いていたのかパパッと食べた。


 食器を水につけ、ヒロキはご満悦な表情をしていた。


「エアコンも効いてるしお腹もいっぱいだし天国だな」


「人の家なのにくつろいでるなぁ、いいけどさ」


「女の子の家って初めて来たから最初は緊張したけど、家に入ると静流の匂いがしたから安心した」


「それってどういう事?ドキドキしたの?それともホッとしたの?」


「ドキドキもしたしホッともした」


 なんだそりゃ。私はどういう気持ちでいればいいんだ。


「今日は小さい頃の静流も見れたし、ご飯もごちそうになったし来て良かった」


「その事は忘れて……」


 さっきまで天気が良かったのに、外は曇り雨が降ってきた。次第に雨が強くなってきた、ゲリラ豪雨だろうか。


「そろそろ帰ろうと思ったんだけどな、雨降ってきたな」


「たぶんゲリラ豪雨だと思うから、すぐ止むよ。……もうちょっとだけいたら?」


「……せっかくだし、そうさせてもらうよ」


 さっきまで窓から日差しが差し込んでいたのに今は部屋の中が薄暗くなっていた。ただ雨の降る音が聞こえる。


 二人窓を眺め、外の雨を見ていた。


 いつもなら他愛のない話をしているのになんだか言葉が出てこない。


 何も話さないのも悪くない。ただこうして一緒にいられるだけで私はいいのだ。


 でもいつかヒロキに彼女ができた時も同じ気持ちでいられるだろうか?

 

 その時私は……


「静流のおかげで今日は元気出たよ、ありがとう」


「お腹いっぱいになって満足しただけじゃないの?何よ急に」


「よく考えると高校に入ってからいつも静流に話を聞いてもらってる、迷惑ばっかかけてるなって」


「別に迷惑だなんて思ってないよ、まぁこれもなんかの縁だよ」


「静流もなんかあったら言って。僕も話くらいなら聞いてあげれるし」


 本当はいっぱい言いたいことはあるの、でも言えないの。だって私の気持ちを打ち明けたら一緒にいられなくなるのかもしれない。


 私はヒロキと一緒にいるのが好きだ。となりの席でなんでもない話をするのが好きだ。

 

 ヒロキはいつも色んな子を好きになる、でももし告白されたらどうなるのだろう。

付き合ってくれたりするの?それとももう友達でいられなくなる?


 その事がいつも頭に巡り何もできなくなる。私はまだまだ臆病だ。


「静流の言ってた通り雨上がってきたみたいだ」


 もうヒロキも帰るみたいだ。この幸せな時間も今日はここまで、か。


 ヒロキを外まで見送りまた明日と言い、手を降る。


 自転車に乗って走っていくヒロキの後ろ姿を見ていたが、すぐ曲がり角を曲がって見えなくなった。


 名残惜しい。


 これからどうしよう。いつまでこんなモヤモヤし続けていくんだろう。今日も好きっていうチャンスはいくらでもあったはずなのに。


 決めた。こ、今年中には告白する。そうだ告白するんだ。悲しい事になると悩んでいても仕方ない。……とはいえ憂鬱だ。


 浮かない気分でいる私とは裏腹に空を見上げると虹が出ていた。


 空も少しは私を勇気付けてくれているのかもしれない。


 これから体育祭やら文化祭やら色んなイベントがあるんだ、チャンスをうかがってアタックをかけていこう。

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