第3話 好きって言いそう

 8月半ば、いよいよやってきた。


 花火大会だ。


 私は浴衣を着ていて、うまく動けそうにないのでいつもより早めに家を出た。


 とは言ってもヒロキと会えるかもしれないのでいつも早く出ているのだが。


 今日はメガネを外し、コンタクトにしてみた。

 ヒロキを好きになるまで誰かを好きになるなんて事はなかった。


 そんな私がメガネをはずし浴衣を着て、可愛いと言ってもらいたいとか思っている。


 ヒロキと出会った事によってこんなにも変化させられている。


 なんて私は単純な人間なんだろう。


 でも人を好きになるっていうのは変化してしまうものなのかもしれない。


 そんな事を考えているうちに高杉駅に着いた。ヒロキとは改札で待ち合わせている。


 駅の構内を見渡してみると改札にヒロキがいた。


 「お待たせ」


 私が声をかけたのをヒロキは不思議そうな顔をしていた。


「お姉さん誰ですか?」


「お姉さんっていや、静流なんだけど」


「静流の友達ですか?」


「だから静流だってば」


 ヒロキの目の焦点が私に合ったりズレたりし、再び合った時えらく驚いた。


「えぇ! 静流!?」


「静流だよ、そんなにわからなかった?」


 たんに浴衣を着てメガネを外し、頭をおだんごヘアーにしただけなのに。


「なんだ、静流だったのか、ナンパかと思ったのに」


「ナンパなら良かったのかよ、私で悪かったな……浴衣変かな?」


「いや、僕みたいなやつが言うのもおこがましいけど、すごくに、似合ってる」


 似合ってる、か。どうせなら可愛いとか言ってほしいのに。


 ヒロキはなぜか少し照れ臭そうにしながら足早に改札をくぐった。


 私達は電車に乗り、隣の駅を目指した。


 電車から降りると駅の外にはもう人という人が埋め尽くされ、道路も一部歩行者だけ通れるようになっていた。


 私達ははぐれぬよう人の隙間を縫うように通り、河川敷に出た。


 河川敷にはもう沢山の屋台が並んでいた。


 私達は屋台を眺めながら座れそうな場所を探す。


 いつもならなんでもない話でもするのに今日のヒロキは珍しく静かだ。


 そう思いきやヒロキは口を開き


「浴衣の可愛い子がたくさんいるな、日本人で良かった」


相変わらずバカみたいな事言ってる。


 そんな下らない話をしたくなかったで話題を変えようと目の前に気になる商品の看板があったのでツッコミを入れてみた。


 「あそこの屋台ドラちゃんカステラって書いてるけどさ、あえてドラ○もんって言ってないって体で法から逃れてるんだろな」


「ホントだ、どう見てもドラ○もんなのにな。モノはいいようだな」


 ヒロキがクスッと笑い言葉を続けた。


「この前ユーチューバーの検証動画見てたんだけどさ、お祭りとかの屋台のクジってほとんどがハズレらしいんだ、絶対やるなよ」


「そうなんだ、言われてみればハズレ商品しかもらった事ない、板ガムをケースから抜こうとしたら虫が出てくるやつ」


「それ俺ももらったことあるわ、お祭り、というか大人って汚いよな」


 十代らしく大人を批判する他愛のない話をしながら人混みを少しずつ抜け、だいぶ会場の奥まで来た。


 ここらへんになると屋台も減り、座るスペースも確保できそうだ。


「いつもなら何も持たないのが僕の主義なんだけど今日は敷くやつ持ってきた」


 そう言われれば今日はバッグを背負っている。ヒロキは早々とレジャーシートを敷き、小さいながらも二人座った。


 花火はあとどれくらいであがるのだろう。空も暗くなり、となりのヒロキの顔も屋台の明かりで薄ぼんやり見える程度だ。


 少女漫画とかだとすごくベタな展開で、こんなシチュエーションにドキドキするわけがないと思っていたのに、想像以上にドキドキしている。今なら漫画の主人公に共感できる。


 夏は木々が緑に彩り、色んな生き物が活発になる。夏というのは行動的にさせるなにかがあるのかもしれない。


 こんなムードのある場所にいると君に好きって言ってしまいそう。


 きっとこんな気持ちにさせるのも夏のせいだ。


 顔をバレないように眺めていると、ヒロキがカバンの中から何かを取り出した。


「飲み物持ってきたんだ、何かいる?コーラお茶サイダー天然水」


「飲み物ばっかりだな! ……じゃあ私サイダー」


「じゃあ僕はコーラ飲もうっと、カバンに入れていて揺さぶってるから開けるときはゆっくり開けて」


 ヒロキに言われた通り、炭酸が溢れそうになるので蓋をゆっくりと開けた。


 もう夜なのに人の熱気のせいか暑かったのでもらったサイダーが美味しい。



「なんだかんだもう8月も真ん中だ、あっという間に学校始まるなぁ」


「そんな事言ってもまだ休みはあるじゃん、つかヒロキは休みの間何してんの?」


 ヒロキは基本昼は妹をプールに連れて行ったり、近くのおじいちゃんの家に顔を覗かせ、夜になるとコンビニ前で友達と集まり夜中まで話したり、何気ない毎日を送っているらしい。


「いいな〜男の子は夜外に出ても怒られなくて」


「怒られないというか親が放任してるだけだよ、しかしいつもは野郎ばっかりといるのに今日は女子といるなんて不思議な気分だよ」


「一応女子って思ってくれてたんだね」


「一応ってか女子と思ってるよ、こんな仲良くなった女子はいなかったからいつか静流が彼氏できたら寂しくなると思う、なんというか結婚が決まった娘みたいな」


「おっさんかあんたは」


 寂しくなるか。寂しくなるなら私とずっと一緒にいてくれればいいのに。


「私にはまだ彼氏なんて、わかんないよそんなの。でも私は……」


 最初はなんて事のない話だったがいつの間にか恋話みたいな流れになり、私は自分の気持ちをここで言ってしまおうか。


 というか言ってしまいそうになった、そう思った。その時だった。


 私達の頭上に光の尾が空に走り大きく弾けた。


 周りのおぉー!という歓声が響き、私とヒロキも声をあげた。


 …………


 輝く夜空に感動しつつも、花火にこう言った。


 

せっかく私が夏の空気に酔いしれてヒロキに告白しかけたのに邪魔しやがって、でも綺麗だから今日は勘弁してやる、と。



 私とヒロキ、そして周りのみんなも打ち上がる花火を見て、美しさと空気の振動を共有した。



 花火を見終わり、程よい時間になり私達は駅に向かい電車に乗った。


明るい電車の車内で、さっきの会場での空気を思い出した。



 危なかった、夏の不思議な感覚に惑わされて好きって言いそうだった。言いそうになった時に打ちあがってくれた花火にむしろ感謝する。


 顔がフッとほてっているのがわかる。あぁ恥ずかしい。


 高杉駅に着き、残念ながらヒロキとはお別れの時間になってしまう。


 そんな寂しい衝動にかられている私に対しヒロキは


「夜中までおしゃべり、って事はできないだろうけどコンビニで花火買ってさ、もうちょっとだけ話さない?」


 そう言われ私はつい笑顔になった。


「いいよ、ちょっとだけなら」


 私達はコンビニで花火とライターを買い、近くの公園でブランコに座りながら花火したのだった。

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