ウミガメのレシピ
「ウミガメ助けたお礼にウミガメ料理ってのはどうなんだろう」
さっきも言ったように、カメが乙姫の変身した姿だとすると、本物のウミガメの方は食材となってもおかしくはないが……心理的にはやっぱり、抵抗があったりしないか?
「……浦島太郎がウミガメを助けたら、お礼に竜宮城でウミガメのスープが出た。なぜか」
「それクイズ本の話じゃないか」
っていうか、浦島太郎は知らなかったのに、『ウミガメのスープ』は知ってるとは。そういう妙な知識の偏りも、数葉らしいと言えばそれまでなんだが。
まあ、例の本とは別に、ウミガメ料理は実在するけどな。
「……命を助けていただいたのに、私には何の恩返しもできません」
「何そのキャラ。ウミガメの真似?」
「……替わりにこの身をお礼として捧げましょう。そして煮えたぎる鍋にどぼーん」
「いや助けた意味!」
子供にいじめられるよりもひどい目にあってどうする。
「そういや……どこかで似たような話を聞いた記憶があるぞ。たしか仏教の話だったか」
「……ウサギが
「ああ、元ネタそれか。ええと、たしか……ある日、動物たちのもとに、おなかをすかせた一人の老人が現れて……」
「……ん。それで動物たちは、自分たちの食べ物をおじいさんに分けてあげる。でもウサギだけは、おじいさんに渡す食べ物を見つけることができなかった」
「まあ、ウサギの食物って草だからなあ」
「……そこらへんの草でも食べさせておけー」
「そんなわけにいくか!」
隙あらば脱線するなあ、しかし。
「そしてウサギは悩んだ末に、自ら焚き火に飛び込み……」
「……ボクの体をお食べ」
「なんでそういちいちネタをはさまないと気がすまないんだ」
「……んー、ツッコまれるの気持ちいい」
「人聞きの悪いことを口走るな! で、老人は結局、仏様か何かだったんだよな」
「……おじいさんは帝釈天の化身。ウサギはお釈迦様の前世」
「なんだかいきなりややこしいことになったが……それでウサギは月に送られ、地上からは月の表面にウサギの姿が見られるようになった、と」
「……なんか、突っ込みどころ満載」
「さらに突っ込みどころ足しといて何を言う。まあでも、そういうのは言わぬが花だろう」
さっきから浦島太郎にさんざん言ってるけど。
「……で、どっちがおいしい料理になるか、勝負」
「そんな身の毛もよだつウサギとカメは嫌だ」
しかし、浦島太郎は知らなかったのに…………これは、やっぱり……。
「……あとは、お酒」
一瞬、思考が別の方向に逸れかけるが、数葉の声に呼び戻された。
「酒はどうだろう……。アルコール発酵には糖かでん粉が必要だったはず。海産物からではどうあがいても作れない気がするなあ。よく知らんけど」
「……そう、だった?」
「こういうのは、数葉のところの担任のほうが詳しいんじゃないか」
「……んー……」
俺の言葉に、数葉は一瞬遠い目をして、考え込む。
「……かずちゃん先生は、
「ひどいな相変わらず」
「
いや、でなきゃ高校教師など務まらんだろう。それこそよく知らんけど。
数葉のクラスの担任であり、うちのクラスにも歴史の授業に来ているが。
よく脱線してどこからともなく酒の話になる。
酒の知識は確かに豊富なんだが……こっちはまだ高校生なんだよ。
「かずちゃん先生、下の名前で呼ばないと怒るよ」
「
あの先生、姓の一桐が人斬りに通じるとかいう理由で、生徒たちにも下の名前で呼ばせている。
過去のいじめのトラウマとかあって、女性の下の名どころか関わり合いになること自体いまだに苦手だったりするんだよな。
それに、かずちゃん呼ばわりはなんとなく数葉とかぶる気がして……こっ恥ずかしいというか……。
今では数葉と俺も下の名で呼び合ってたりするが、色々あったんだよ、これまで。
それと、俺と数葉が付き合っているといううわさが校内でよく飛んでるが、デマである。この理数部は実質二人しかいないし、誤解を招く要素は他にもあるが。
少なくとも、俺の女性恐怖症が治るまではそれどころじゃなさそうだ。
とにかく、あの先生のことはこれ以上言うまい。
「まだ高校生なんだから、今回は酒のことは無視することにしよう。で、そろそろ結論にいくぞ」
考えをまとめるため手元に向けていた視線を上げれば、こくりと真剣な表情で数葉がうなずくのが見えた。
「そうやって何日だか、あるいは何年だか……」
いや……何日では短すぎるか。
「何か月か、竜宮城で楽しい日々を過ごすうちにだな……」
色々と話が逸れたが、ようやくひとつの結論にたどり着く。
「太郎の体に、異変が起きるわけだ」
その時、ほんの一瞬だけ……数葉の顔が、引きつったように見えた。
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