タイやヒラメの踊り食い

「……乙姫が……浦島を未来へ……?」

 一瞬首をかしげ、俺の投げかけた言葉を数葉は繰り返す。

 いや、正確には少し違いがあるが。


「乙姫が、じゃなくて竜宮城側が、だな」

「……その辺の違いは後で深く考えるとして、なぜ未来へ?」

「いくつか考えられることはあるが……まずは前提として、太郎が竜宮城でどんな生活を送っていたかが問題となる」

「……うん」

「諸説あるが、まずは恩返しのための宴会が開かれる、と」

「……諸説、とは……?」

「諸説というか、もとは太郎と乙姫が結ばれて数年間の結婚生活を送るって話だったらしいが……」

 数葉は頬を赤らめ、無言でコクコクとうなずく。


「子供向けのおとぎ話になったときに、結婚とかいうのはふさわしくないということで、数日間のうたげに改変されたらしい」

「……ふ、ふしゃわしくにゃくにゃいと思ふ」

「いや、ふさわしくないだろ。高校生にもなってこの反応なんだから」

 いや、逆か。むしろ中途半端に知識がある分……っていうか、何を想像してるんだこいつは……。

 ……やめよう。今そんなことを考えても仕方ない。


「話を戻そう。太郎をもてなすためのうたげの話に」

「……乙姫様のご馳走に、タイやヒラメの舞い踊り」

 まあ、確かにそういう歌があるが。


「問題は、そのご馳走とやらの内容なんだが……どんなものが出てくると思う?」

「……卵かけご飯」

 何でそうなる。


「それは数葉の好きなもんだろ」

「……ん」

「相変わらず、一人暮らしをいいことに妙な食生活送ってるなあ」

「……疲れてると、ごはんとか作る気にならない」

 その点に関しては、俺も人の事は言えんが。


「それはさておき、その卵と米、一体どこで手に入れたんだ?」

「……あれ?」

「竜宮城って宇宙じゃなければ海中のイメージだけど、さすがに稲や鶏卵があるとは思えないだろ」

「……亀が地上まで取りに行ってた」

「買いにじゃなくて、取りに?」

「……亀が子供にいじめられていたのも、実は……」

「有害鳥獣扱い⁉」

 いかん。話がおかしな方向にそれてる。


「竜宮城が海の中なら、陸上で浦島が普段食べていたものとは異なる可能性がある。やっぱり食事としては海の幸になるんじゃないか」

「……海辺の旅館みたいな」

 旅館言うな。


「で、そこで問題になるのが、タイやヒラメの舞い踊りだ」

「……えええええええ」

「さっき自分でネタ振ったんじゃないか。なんでそんなに驚く?」

「……まさかのって来るとは」

 ……まあいいや。話を進めよう。


 しかし、俺が口を開く前に、数葉の方がそう言えば、と別の話を始める。


「……本をいくつか見たんだけど、舞い踊りのシーンで魚じゃなくて、人間型の生き物……というか踊り子みたいな絵が描いているのもあった」

「ああ、その話か」

 最近まで知らなかったと言ってたけど、その後いろいろ調べてはいたんだな。


「考えられることはいくつかある。まず、人型の場合。その1、竜宮城の住人たちがタイやヒラメの扮装をしている。その2、魚のタイやヒラメ、もしくはその他の生物が何らかの方法により人間の女性に化けている」

「……人型でない場合は?」

「その3、その2とは逆に竜宮城の住人が魚に化けている。その4、普通に魚が泳いでいるのを見ているだけ」

「……それで結局、どれが正解?」

「ここまで語っておいて何だが、そこにはあまり重要な意味はない」

「……えー」

 数葉ががっかりした表情を見せる。

 まあ待て。話には順序というものがだな……。


「結局何が言いたいかというとだな……タイやヒラメが舞い踊ってる前で、タイやヒラメが食べられるか、ってことだ」

「……タイやヒラメの踊り食い」

「食うな!」

 踊り食いできるサイズじゃないだろ。


「舞い踊っているのが人間型の生物の場合、太郎も気にせず魚料理を楽しむことができただろうし、目の前に魚がいたとしても、太郎も漁師だから、さほど気にすることもなかっただろうな」

「……舞い踊りを見ながら……この子と、この子が欲しい」

「生けのある料理店かよ」

 そんな高級料理店なんて行ったことないけどな。

 でも、知識としては知ってる。はて、そんな知識、どこで仕入れたんだっけ。


「……そもそもそんなことを気にしてたら、魚が食べられない」

「そんなことはないぞ。そもそも、タイやヒラメが何を食べるか知ってるか?」

「……ミミズ、とか」

「今、釣り餌を想像しただろ」

「……違うの?」

「タイは……とりあえずマダイの話をするが、小動物だな。エビ・カニなどの甲殻類、イカ・タコ・貝などの軟体動物。それと、小魚」

 生物部の活動というわけでもないが、海釣りはたまにやる。ある程度知識もあるが、恥ずかしながら釣果は伴っていない。


「エビでタイを釣るなんてことわざもあるが、実際船釣りだとエビを餌にすることが多かったらしい。最近じゃ替わりにオキアミを使うそうだけど」

 経済的余裕もないせいで、船釣りなんてやったことないけどな。


「……ヒラメは?」

「主に小魚だ。ヒラメを釣るときは、生きたアジやイワシを餌に使うことが多いな」

「……それじゃ、アジやイワシの踊り食い?」

「普通にアジやイワシの料理でいいだろ」

 なぜか、ちょっと残念そうな顔になる数葉。


「確かにタイやヒラメは高級魚だけどな。アジやイワシが食材として劣るってわけでもないだろ」

「……そう?」

「うん」

「………………」

 そこで、しばし会話がとぎれる。

 何か物言いたげに、数葉は俺に視線を送り続ける。

 いや……言いたいことがあれば結構ズケズケ言うからな。

 これは逆に、パターンだ。


「何か……?」

「……そこは、『本当に美味しいアジやイワシをご馳走しよう』とか言うところ」

「何のグルメ漫画だ」

「……でも、出来るでしょ?」

「まあ、一人暮らしも長いからな……」

 確かに料理は一通りできるが。趣味で釣りもやっているから、魚料理ならさばくところから可能。


 とはいえ、学校で釣った魚を料理ってのも難しいし、となるとどちらかの家に行くことになると思うが……。

 やっぱり深く考えないことにしよう。


「ただなあ……さっきも言ったが、浦島太郎は漁師という説が多いんだよな。さすがにお礼として出された料理にケチはつけんだろうが……ご馳走というからには、普通は手に入らない魚とか……」

「……あ」

 ちょっと顔を赤らめていた数葉が、俺の話を聞いて不意にはっとした表情になった。


「……ウミガメ」

 ああ、やっぱりそこにたどり着いたか。

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