時をかける亀

「……じゃあ次は……浦島太郎と乙姫の竜宮での生活を――」

 ゆっくりと、何かを想像しているかのように話す数葉を、俺は制して話題を変える。

 って言うか、一つ間違えたら……いや、間違えなくても多分十八禁だぞ、それ。


 数葉だって少し前に十七才になったばかりだろう。

 いや、そういう問題じゃないか。


「それよりもまず考えるべきことがある」

「……タイやヒラメの舞い踊り」

 なんでやねん!


「あ、いや……その話は後にしよう」

「……後?」

 怪訝そうな表情の数葉を見ながら、軌道修正をはかる。

 いや、話には順番ってもんがな。


「最大の問題は……太郎の体感時間と、実際の地上の時間。このずれがなぜ生まれたか」

「……考えられることは……二つ?」

 その二つはさっきも言ったが……。

 はたして、それだけかな?


「じゃあ、一つ目は……」

「……ウラシマ効果」

「SFでよくあるやつだな」

「……亜光速で飛ぶ宇宙船の中では、時間の流れが遅くなる。逆に言えば、帰って来たときに何百年も時間が過ぎていることに」

 ま、やっぱり一番に思いつくのはそれだな。


「それだと、竜宮城は地球上にないことになるぞ」

「……うん。海中で亜光速飛行とか、どんなことになるか」

「と言うか、光速は一秒間に地球を七周以上って話だからな。地球上のどこに行くにしても光速の何パーセントとかいう速度は、必要ないだろ」

「……だから、竜宮城は異星説」


「それで、だな……」

 俺はそう前置きしつつ、頭の中で考えをまとめる。


「例えば、七百年としようか。太郎が地球を出発して竜宮城に行き、戻ってきたら七百年経っていたということは、竜宮城に着いた時にはすでに物語開始から三百五十年が経過したことになる。竜宮の方も時間経過の早さは地球と変わらんだろうからな」

「……ああっ」

「これを竜宮側から見ると、どうなると思う?」

「……ええと、亀が帰って来るまで……」

「そうじゃない」

 数葉の言葉を遮って、俺は訂正を加える。


「物語開始時点で地球にいた亀が竜宮を出発したのは、少なくとも三百五十年前。出発から七百年後に、亀は浦島太郎を連れて戻って来る。竜宮での物語が終わって、太郎を地球まで送って行った亀が帰還するのは、さらに七百年以上が過ぎてからだ」

「……おおぅ。完全に宇宙船の乗組員」

「もうこれ、恩返しどころじゃなくないか? 竜宮城の住人たちの時間感覚が、地球人と違っているならともかく」

「……浦島太郎、完全に脇役」

「で、さらに身も蓋もないことを言うが……そこまでして亀をよその惑星に送る必要あるか?」

「……うー」

 そのまま数葉は、頭を落として机に突っ伏すと、こちらには聞き取れない声で何かぶつぶつと言いはしめた。


 まあ、言いたいことはわかる。


 数葉がガバッと顔を起こす。

 それに合わせて俺も口を開く。


「……「こんなの、浦島太郎じゃない」」

 うん。うまくハモった。


 数葉が、顔を真っ赤にしながらこっちを凝視している。

 やっぱり、だんだん表情豊かになってきた気がするなあ……。

 ……まあ、深く考えないことにしよう。


「……その場合、タイやヒラメの舞い踊りとか、他の魚なんかは?」

 他の魚? そんなの出てきたっけ。


「似たような異星生物、という説もあるが……話として地球から出ていく意味がないだろ」


 わが意を得たりと数葉は大きくうなずく。

「……やっぱり竜宮城は、海の中が似合う……次の説に行こう」

 何だろう、今の。推論とかじゃなく、完全に私見だった気がするが。


「……じゃあ、二つ目の説。地上と竜宮城とで、時間の流れる速さが違う」

 それを深く考える間もなく、数葉は次の説に移っていた。


「しかしそれ、科学的に説明できるもんか? それこそ魔法かオカルトの世界じゃないか」

「……んーー」

 数葉は目を閉じて、しばらく考え込んでいたが……。


「……私は、考えるのを、やめるぞー」

「あっさり思考放棄すんなよ!」

 覚えるのは得意だが考えるのは苦手だよな、こいつ。


「……じゃあ、どんな説明が?」

「竜宮城自体が巨大な宇宙船で、亜光速飛行していると考えれば、何とか」

「……それは、さっきの話と変わりない」

「だよなあ」

 俺は腕を組み、ため息を一つ。


「結局、そういう設定と割り切ってしまうしかなさそうだな」

 なにやら今度は悲しげな目付きでこちらを見ていた数葉は、しばらくしてまた口を開く。


「……考えられる説はその二つ、だよね」

「いや、そうでもない」

「……? 他に何が?」

「第三の説。竜宮城の時間は地上と同じ速さで、移動にもさほど時間は掛からず、ずれも生じない」

「……え? それじゃあ、浦島太郎がどうして未来に行くの?」

「単純に考えると、竜宮城からの帰りに何かあったんだろうな」

「……何か、とは?」

 うーん……あまりいい例が思い付かんな。


「例えば、地上に向かう途中に事故があって、未来へとタイムスリップする。時間移動はともかく、旅の帰りに事故ってのはありえない話じゃないが……」

「……物語として考えたら、完全に蛇足」

 だよなあ……。数葉の言うとおりだ。


 だから……と、俺はさらに仮説を重ねる。

「竜宮側の仕業なんだよ。地上に帰る太郎を未来に送ったのは」

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