乙姫の秘密

「じゃあ次は、乙姫の話にするか」

 数葉かずはうながされ、俺は次の話題に移ろうとする。


「……んー……話の順番だと、次はかめ?」

「ああ、そっちになるか」

 少し考え、それに反論する。

「いや、やっぱり乙姫と亀の話は一緒にしよう」

「……一緒に?」

「一緒にというか、聞いたことはないか? 亀は乙姫の変身した姿という説」

「……その理由を37字以上161字以内で述べよ」

 なにその中途半端な数字。

 そんな百数文字で述べられるようなもんじゃないぞ、これ。


「浦島太郎が竜宮城に行って帰ってきたときには、何百年も時間が経っていたよな」

「……うん」

「それじゃあ物語の最初、太郎に助けられた亀が一旦竜宮に戻り、改めて太郎を迎えに来た場合は?」

「……え?」

 俺が何を言っているかわからないと言いたげな表情で、数葉はこちらを見ている。


「亀は竜宮に戻り、太郎に助けられたことを乙姫に報告する。そこで恩返しをするという話になって、亀が改めて太郎を迎えに行くわけだが……その間に地上ではどれくらいの時間が流れたと思う?」

 一瞬首を傾げてから、数葉はぼそりとつぶやく。

「……たちまち太郎はお爺さん」

 まだ玉手箱をもらってもいないのにな。


「お爺さんかどうかはわからんが、少なくとも数年は経過したんじゃないか。それこそ、亀を助けた事を忘れてしまうくらいには。そして最悪の場合、すでに太郎は……」

「……亀が浦島太郎状態」

「そこだけ聞いたらわけがわからんだろ、それ」

「……待って。亀が通信機か何かで、竜宮城に連絡を取ったかも」

「いや、その可能性は低い」

「……その心は?」

「それにはまず、太郎が地上に帰って来た時に生じた時間のずれ、この原因が何かによる」

「……というと……」

「まず、地上と竜宮で時間の流れが違う場合。これは当然、会話が困難」

「……うん」

「それから、時間の流れは同じだが、移動の際にいわゆるウラシマ効果が発生する場合。その場合、竜宮城はもちろん地球上ではなく、そこまでかなりの距離があるはずだから、通信にかなりタイムラグが生じる。すぐには決定出来ない」

 あともう一つ考えられる事があるが、話が大きくそれそうなので、とりあえず後回しにする。


「亀を助けたお礼のため、竜宮城を挙げて浦島太郎を歓待する。亀はそれに値する存在であり、さらにそれを単独で決定する権限を持っている。だから亀を助けたその場で、竜宮城への招待が決定したんだ」

「……ゆえにイコール乙姫」

「イコールでなくても、王族とかやんごとなき存在だったんだろうな」

 そして数葉は、目を伏せしばし考え込む。


「……そんな人が、亀になって地上まで出て来る?」

「物語ではよくあるだろう。やんごとなき人物がお忍びで街に出る話」

「……きちゅ……けしゅ……きしゅりゅうりゅ……ちゃん……」

貴種流離譚きしゅりゅうりたんと言いたいんだな」

「……言ってた」

「…………」

 言えてない言えてない。


「……あかきちゅりょうりだん……あおけちゅきゅうりちゃん」

「おい無茶すんな」

 早口言葉かよ。


「……きき……ぷぎゅ」

 ほら舌噛んだ。


「……いちゃい」

「大丈夫か……?」

 はて、舌噛んだときってどうしたらいいんだっけ? 下手に薬も塗れないしな。

「……らいりょうぶ。なめちょきゃにゃおりゅ」

「子供が転んだんじゃないんだから」

 っていうか、舌をどうやって舐めるんだ、などと考えていたら数葉が俺に向けて舌を出してきた。


「……なめへ」

「できるかぁっ!!」

 いかん。思ったより大きな声が出た。


「…………」

 そんな悲しそうな顔するなよ。

 知ってるだろ。俺の女性恐怖症が完治してないの。


 そんなキスまがいの真似をしたら、下手すりゃしばらく寝込む羽目になりそうだ。

 実際やったことないから、どうなるかわからんがな。


「って言うか、貴種流離譚とは違うぞ。それだと乙姫が冒険物語を繰り広げないといけなくなる」

「……とりあえず、乙姫は亀の姿で地上にやってきて、子供にいじめられて、太郎に助けられる、と?」

「乙姫と言うか……本当の姿は別にあって、亀も乙姫も仮の姿、と考えた方がいいかもしれないな」

「……でも、自在に変身出来るなら、いじめてきた子供を追い払うくらい出来そうなものなのに。戦闘形態バトルフォームとかに変身して」

 バトルフォームって……。

 もう完全におとぎ話じゃなくなってるぞ。


「それこそ、いくらでも設定は考えられるだろ。姿は変えられても質量は変わらんから大したことはできないとか、陸上では力を発揮できんとか、そもそも戦いは苦手だとか、変身に何か条件が必要だとか」

「……設定とか言わない」

 他に何て言うんだ。


「あんまり理屈っぽくしたら、誰も読まなくなるぞ」

「……でも、最低限の矛盾ぐらい、潰しておきたい」

 ……やれやれ。


「そして、助けてもらった恩返しのために、亀は太郎を竜宮へと招待する」

「……ん。恩返しは大事」

「知ってる」

 だからこうして、ラノベのネタ出しとやらに付き合ってるんじゃないか。


「そして竜宮城へ戻った亀は、乙姫へと姿を変える」

「……なんで乙姫に?」

「ものすごく身も蓋もない言い方をすると……」

「……すると?」

「太郎と同種族の異性」

「……うわあ……生々しい……」

 生々しいとか言いながら、顔を赤らめてちらちら人を見るのはやめろよ。何を想像してるんだ一体。


「実際に古い話では太郎は乙姫と結婚し、竜宮城で数年を過ごしたというものもあるぞ」

「……け、けっきょん」

 おーい、戻って来い。


「ただ、それを生々しいと考えた人が他にもいたんだろうな。子供向けの童話なんかでは、数日宴会に出ただけで地上に戻ることになってる」

 大丈夫か? 話聞いてる?


 結局、数葉が自分の世界から戻ってくるのに、しばらく時間がかかった。


「じゃあそろそろ、竜宮から現実世界に戻るぞ」

 ふたたび俺はパソコンに向かい……。


「……それでは、お土産に玉手箱を……」

 いかん。まだ終わってなかった。



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