新説・浦島太郎の正体

「じゃあ次は、玉手箱の話にするか」

 数葉がハッピーエンドをご所望しょもうということで、様子を見つつ一連の話を終わらせる方向へと持っていくことにする。


 日は少しずつ傾き始め、部室に差し込む日の光も徐々に長くなってゆく。

 今日も部の作業は進まなさそうだ。


「で、数葉は玉手箱って何だと思う?」

「……老化ガス弾」

「お、お前なあ……」

 まともなツッコミもできず、俺は頭を抱える。


「ハッピーエンド所望とか言った舌の根も乾かぬうちに……」

「……舌のにぇって、そう簡単に乾かにゃいと思ふ」

「だから舌出すな。また嚙むぞ」


 数葉は舌を引っ込めると、どこか恥ずかしげな表情でさらに言葉を紡ぐ。

「……し、しりあすが……しりあすが続くと、体が持たんとです」

「どこの地方の人間だよ」

 時々思うんだが、関西出身の俺よりも、数葉の方が関西人っぽい気がするんだよなあ。出身はたしか関東こっちだったと思うが。


「……この体はギャグを挟まないと、ゴホッ、死んじゃうびょうに冒されておる……ゴホッ、ゴホッ」

「ギャグを挟まないと死んじゃう病でなぜせきを……」

 め、めんどくさい……。


「歌だと太郎は老人になって終わりだが、物語にはさらに続きがある」

「……つる

 やっぱり、それも知ってるか。


「確かに、玉手箱を開けた後、太郎は最後は鶴になって飛んでいったという話がある」

「……おめでとう。浦島太郎は鶴に進化した」

「いや、進化じゃないだろ」

 めでたくもないし。


「……そういえば、鳥に進化するのは……」

 わずかに首を傾げ、数葉がそんなことを言い出した。

 あれ……?


「……まさかの浦島太郎恐竜説」

「なんでやねん!」

 いかん。さっきから数葉の発言が唐突すぎてツッコミが雑。

 いくらなんでもそれはちょっと……。


「よく言われる話だし、野暮やぼな話とも思うが……」

 いや本当に、自分でも野暮極まりない話だと思うが……。


「進化というのは、世代を繰り返し、何千、何万年もの時間をかけて生物がその姿を変えてゆくことを言う」

「…………」

 数葉はまた始まった、とでも言いたげな表情になる。


「だから、同じ個体が別の姿に変わるのは進化じゃない」

「……でも、進化という言葉は、そっちの意味でもよく使われてる」

「まあ、世界的に有名なゲー厶の用語になってるからなあ……」

「……じゃあ、なんて言えばいいの?」

「変身は、一時的な変化ですぐ元に戻りそうな気がする」

「……それは、特撮の見すぎじゃ……」

「い、いや……そんなことはないと思うが……」

 小さい頃は見ていたような気がするが、そこまで影響を受けるほどでもなかったような。


「それで、生物学の用語で一番近いのは……」

 そこで俺は言葉を切る。

 もう一度考えてみる。やっぱり、あれだよな。


「……一番近いのは?」

変態へんたい

「……字面が悪過ぎる」

「要するに、玉手箱を開けた直後の老人の姿は、完全変態の昆虫におけるさなぎ、というか人間の体を捨てるための途中経過みないなもんだろうな。で、最終的には鶴になる、と」

 でもそれだと、人間が幼虫みたいな扱いになるが……。

 まあいいか。例え話だからな。


「……完全変態……」

「いちいちそういう単語に反応しなくていいから。生物、というか理科の授業で習っただろ」

「……うん」

「変化も違う気がするし、新しい言葉を作るのもなあ……」

「……じゃあ結局、変態?」

 いや、言い方……。


「しいて言うならあれは、進化じゃなくて『しんか』じゃないかなあ」

 確か初代はハードの関係で漢字が使われていなかったはず。


 で、進化の話はこのへんで終わりにするとして。


「それから、鶴になった浦島太郎は空を飛び、今度は自力で乙姫に会いに行くわけだ」

 鶴の姿で竜宮城までたどり着けるかという意見もあるが……それだと竜宮城は絶海の孤島とかになるか? それで大丈夫かな?


「……先日玉手箱をいただいた鶴です」

「待て。また何か別の話になりつつあるぞ」

「……お礼参りに来ました」

「恩返しだ恩返し」

 それだと別の意味にも取れてしまう。


「……あれ、浦島から返す恩とかあったっけ?」

 いきなり身も蓋もないことを……。

「まあ、乙姫と同じ種族になれたと考えれば……」

「……あっ」

 数葉は急に小さな声を上げると、またしてもなぜか頬を赤らめる。


「……つまり玉手箱とは、乙姫から太郎へのぷ、プロポーじゅ、みたいなものだった?」

 うわ、こっちが予想もしなかったところに着地した。


「ま、これぐらいでいいだろ。あとはそっちで投稿するラノベの展開でも考えてくれ」

 さて、残り時間でどれほど作業できるか。


 一方、数葉の方は自分用のパソコンに向かうでもなく、また腕を組んで何やら考え込んでいる。


 これで落ち着いて自分のことに集中できるかと思いきや、しばらくして背後で数葉が動く気配がした。


「……ひとつ、質問」

「ああ、いいけど」

 開いただけでほとんど触っていない表計算ソフトのファイルを保存し、そのまま終了する。

 まあ、しょうがないか。

 今日はこれだけで部活終わり、と。


「……なんでさっきから、そんなにスラスラ話が進められるの? 何か想定問答集そうていもんどうしゅうでも作ってた?」

 想定問答集って……。

 誰がこんな展開想定するか。

 とはいえ、さすがにあれだけのものを即興でペラペラしゃべれるわけもない。


「そんなもんあるはずないだろ。数葉が今話してたのは、俺が三年前に通った道だ」

「……三年前?」

 一瞬だけ数葉は口に手を当て考え込む。答えはすぐに出たようだ。


「……わぁ。リアル中二病」

「うっさい」

 中二病言うな。


 小学校のいじめの影響で、中学に入っても友達など作る気にならなかったからな。

 一人で勉強して、一人で生活して、一人で妄想してた。

 友人が少ないのは、今も変わらんが。


「……で、他には?」

「ほか⁉」

 他、というと……。


「俺に黒歴史を吐き出せと?」

 俺がそう言うと、数葉は何かを期待するかのような目をして、コクコクと何度もうなずく。


 ……まったく……。

「太郎が竜宮城で数日または数年を過ごして、戻ってきた時には数百年が経過していた」

 改めて何を言い出すんだ、とでもいいたげな数葉に、俺は一つの質問を投げかける。


「じゃあ、それ以前は?」

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