奇奇怪怪短編集

シミュラークル

奇奇怪怪短編集

 海斗は大学からの帰路についた。そして彼は途中、いつもの古本屋へ寄ることにした。古本特有の臭いが充満した店内は、決して清潔感があるわけではなかったが、いかにも古本屋らしい着飾っていない所が彼は好きだった。

 海斗はまず片っ端から本を見ていった。特に欲しい小説があるわけではないので、タイトルからそそられるものをピックアップするのだ。

 海斗は狭い店内を一周し、5冊の文庫本を抱え、会計に向かった。彼は家に帰ってから、毎日一冊は小説を消費する。それも一人暮らしの孤独感を埋めるためだ。一冊の小説に没頭し、それを読み終える頃には大体寝る時間になっている。彼はこんな生活を毎日送っていた。

 会計台に5冊本を置き、店主の老人がそれらを手に取った。

「相変わらず読書家だね」

「これぐらいしかやることないんですよ」

「大学生なら友達と遊ぶとかしないの?」

「仲の良い友達なんていませんよ。僕は小説読んで、たまに試験の勉強するくらいの生活で十分なんです」

「うちの孫とは対照的だなあ。あいつは小さい頃からよく楽しそうに友達の話をしていたよ」

整った白髪の店主とはここへ何度も通い詰める内に、他愛もない話を交わす程度の関係になっていた。そんな店主の名前を彼は未だ知らないが、孫の話をよく聞かされていた。孫も自分と同じ大学生だということは最近知った。きっと協調性の高い明るいタイプなのだろうなと彼は思った。

 店主が本の値段を計算している間、海斗はふと会計台の横を見た。すると、大きめの籠が設置されていた。中には沢山の本が乱雑に入れられている。売れ残った本だろうか。しかも、全て同じタイトルだった。

「この小説って売り物ですか?」

「売り物というか孫が書いたものなんだよ。タダで持っていって良いよ」

「お孫さん、小説が書けるんですね」

「いや、実はこれ私が勝手に本にしたものなんだ」

「と言うと?」

「この前、孫の机に広げてあった手帳を覗いたんだがな、そこに興味深いことが書いてあった。読み進めるとそれが小説だと気付いた。そんな才能があったとは思いもしなかったよ」

「じゃあなぜ勝手に?」

「さっき言ったが、あいつは人の話は良くする。が、自分の話はほとんどしない。恐らく、自分に自信が持てないのだろう。だから私が勝手に本にしてここに置いておくことで、もし読んだ人に好評だったらあいつにも自信がつくんじゃないかと思ってな」

「お孫さん想いなんですね」

「まあね。それ読んだらわかるけど、私みたいな年よりには思いつかないような話がたくさん書かれている。だからこそわざわざ本にしたんだ。一冊どうだ?」

「いいですか?ありがとうございます」

「君がお客さんの中で第一号の読者だ。ぜひ孫にも感想を聞かせたいから今度寄ったときにでも話してくれ」店主はそう言うと、彼が買った本と合わせて孫が書いたという小説の冊子を袋に入れた。海斗はそれを受け取り、店を出た。

 すっかり日が暮れた頃、海斗はアパートに着いた。自分の部屋に入り、上から垂れた電気の紐を引っ張った。白い光が部屋全体を明るくした。彼は狭い畳部屋の隅に荷物を放り投げた。それから台所で水を一杯だけ飲み、畳部屋に戻った。今日は特に食欲が湧かないので、もう小説を読み始めることにした。

 緑からすっかり変色した畳の上に座り、海斗は先程の古本屋の袋から本を取り出した。どれから読むか迷ったが、最も薄い店主の孫が書いたという小説を今日は読むことにした。改めて見ると本とは言えない代物だった。手書きをコピーしたものがホチキスで留められて冊子にしてあるだけだ。タイトルは『奇奇怪怪短編集』と、別の字で表紙に書かれていた。捻りが無く単調なこの題名は店主が考えたのだろう。この名前から推測するにホラーやファンタジー要素の強い作品のように思える。彼は非現実的な作品があまり好きではなかったが、読書感想を言うことになっているので早々に片づけようと考えたのだ。

 海斗はホチキスでめくりにくい1ページ目を開いた。そこには『目次』と書かれており、その次に短編のタイトルが並んでいた。全5話のようだ。彼は早速最初の話を読み始めた。

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