第二の手稿④

 わたくしは目を逸らし、恐る恐るコンスタンス(略)様の表情を窺いました。コンスタンス(略)様は肩で息をされていましたが、血の匂いに朦朧とされたご様子ながら、存外落ち着いたお声で、

「派手にやり過ぎてしまった」

「どうして、このような……」

「おまえが理由を訊くのか」

 コンスタンス(略)様は笑っていらっしゃいました。積年のお悩み、煩悶が、ここに来て暴発し、歪んだ形で表出したのでしょう。それを最も深刻に危惧していたのは他ならぬ、このわたくしだったはず。ただ、

「きっかけは本当に、あの指環なので……?」

「確かに、エドガーがあれを寄越さなければ、ここで怒りが沸点に達することはなかった」

 さしづめといったところでございましょうか。

「おかしなものだ。跡目を争うのでなく、どちらが真実の女であるか競おうとしたのだからな」

 コンスタンス(略)様は一つ大きく溜め息を漏らされると、ダブレットをお脱ぎになりました。下着シュミーズえりりから、胸の膨らみを誤魔化すためのいましめである白布が痛々しく覗いておりました。わたくしは放り出されていたコンスタンティン(略)様のドレスを取って、お召し変えのお手伝いをいたしました。

「落ち着いて考えれば、弟が指環を授けられた一方で自分にはな布切れしか与えられなかった、その程度で殺さなくてもよかったのだが……もう遅い」

 そうです、ドクターをお呼び立てするまでもなく、絶命されたのは明らかでしたが、わたくしにコンスタンティン(略)様を再び直視する勇気はございませんでした。

 コンスタンティン(略)様ご愛用のお召し物を、言わば奪った格好のコンスタンス(略)様は、凛として大変お美しゅうございましたが、ドレスの下腹部は無惨に切り裂かれ、その部分は元の色柄もわからぬほどグッショリと鮮血に染まっておりました。そうです、コンスタンス(略)様が刃物を振り下ろした場所は、コンスタンティン(略)様の胸ではなく、両脚の付け根だったのです。傍にコンスタンティン(略)様のご遺体がなければ、まるでコンスタンス(略)様が初潮を迎えられたか、さもなくば破瓜はかの痛みに耐えたのち、陶然との余韻に浸っていらっしゃる風にも見えたでしょう。

 わたくしは手の震えを抑えながら、コンスタンティン(略)様が先ほどお脱ぎになって古い姿見に掛けておかれたらしい、見慣れたショールを取り、コンスタンス(略)様のお腰に巻き付けて差し上げました。

「すまない。ありがとう」

 コンスタンス(略)様は身を屈め、コンスタンティン(略)様の豊かな巻き毛のかつらを引きむしって――そうです、コンスタンティン(略)様は今日のように大切なお客様がお見えになるときは、自毛以上に色艶がよく、美しく整えられた金髪の鬘をお使いになっていたのです――曇った鏡の前に立たれ、ご自分の短い御髪おぐしに被せて、不慣れなお手付きでお顔に馴染ませようとなさいました。わたくしも手をお貸ししました。

「もう外れるだろうか」

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