第26話 『エピローグ − 2』

「……静かなもんだな」


 ベッドの上で半身を起こし、窓の外を眺めながら思わずぼやく。

 ……というか静かすぎだ。いや、仕方ないことではあるんだけど。


 俺が第一層で目覚めてから少し経った頃。鬼の形相で塚本先生と藍蘭先生が地下に降りて来るなり、俺は育成学校に運び込まれた。

 病室や医療器具が備え付けられた第二棟へ。いくつも精密検査にかけられて、出された結論は二週間安静に、と。おかげさまで俺は病室から出ることすら許されない。

 藍蘭先生曰く、人と妖怪の血のバランスが冗談にならないレベルで崩れているらしい。

 入院でもさせないとどうせまた無茶するでしょ、とは天音と藍蘭先生の弁だ。まあ、うん。ぐう正ぐうの音も出ない正論ではある。


 そんなこんなで、赤坂の一件────第一次『人妖特区『楓町』防衛戦』が終結して、一週間。


 すべて丸くおさまった、と言うわけではないが。まあ解決は解決だ。とりあえずは良しとしよう。


『また何処かで』


 そう告げる宮咲は、何処か寂しさを孕んではいたものの。笑みを浮かべてくれていた。あの笑顔が見れただけでも、頑張った甲斐があったってもんだ。


 とはいえ、俺も完全にスッキリしたわけではないけれど。


 胸に突っかかるような。なんとも言えない蟠りが、まだ俺の中にある。


「……どうしたらいいかわからない、ね」


 というのも……助けられた、宮咲以外の半妖たち。奴隷とされていた子たちが、開口一番に放ったその言葉が原因だった。

 自由になったのはいいが、どう生きていいかわからない。


 ……確かに誰かへの恐怖での支配は効率がいいかもしれない。逆らう気を削ぎ落とし、自分の下に置いておく、という点ではこれ以上に無いくらいだ。


 それでも。その恐怖を原動力として生きた以上、〝ソイツ〟からの指示以外の思考や判断、選択肢を失っていく。


 その恐怖を、俺と天音は今回まざまざと見せつけられた形になる。

 誰も宮咲のように受け入れられるわけじゃない。割り切れるわけじゃないんだから。


「考えたって仕方ないことではあるけどな」


 俺がどうこう考えたってどうにもならない。俺が口を出して何かが変わるわけじゃない。何かが変わるとしても、あの子たちのためにはならないし。


 閑話休題。思考を明るい方向にシフトチェンジする。


 入院してから数日くらいは、天音も見舞いに来てくれたものだが。何やらやることがあるとかで、顔を見せてくれなくなっていた。そこそこ悲しい。


 え、いや寂しいな。予想以上に寂しいぞ。孤独を感じる。全然思考、明るい方に進んでなくないか?


 なんて俺の思考を打ち切るように。こんこん、と乾いたノックの音が病室に響いた。


「あい、どぞー」


 俺の間抜けな声を聞いて、引き戸がゆっくりと開く。噂をすればなんとやら。ノックの主は天音だった。

 病室に入って来るなり何やら疲れた様子で大きくため息を吐き出す。


「……お久しぶりです、澄人くん。体調はどうですか?」

「おう、もうだいぶいいよ。ピンシャンしてる。……っつーより、天音の方が疲れてるみたいだけど」

「ああいえ、私は別に。ようやくやることが済んだので……」


 天音は小さく手のひらを横に振った後、視線を何やら背後の扉に向けて。浮かべた表情が、イタズラげな笑みに変わった。


「今日は澄人くんに紹介したい人がいてここに来たんですよ」

「おん? なんだ、新しい依頼人かなんかか。つっても俺、まだ後一週間はここ出れないし────」


 俺の返事は聞いてくれず。状況は進んで行き、その『紹介したい人』とやらが、引き戸の向こうから顔を覗かせた。俺がソイツを見て、目を見開いたのは言うまでもない。


「おま、おまえ……いや、なんでここに」


 思考が上手く回らない。要領を得ない呻きを漏らすのでやっとだった。

 病室に入って来たのは、ウチの制服姿の、栗色の髪をした少女。見覚えが頗るありすぎる。というか、端的に言えば宮咲 白雪その人だった。


「っへへー。驚いた、?」

「いや驚くも何も……え、おまえ制服ってまさか……」


 二人は何も応えない。ただただ笑みで、何やら仰々しい封がされた封筒を俺に手渡すだけだった。

 それを受け取り封を開ける。中から出て来たのは一枚の手紙。


「楓町防衛戦において、主犯である赤坂 浩二の確保に協力した敬意を表し、宮咲 白雪を第壱支部第六班への配属を任命……並びにそれを先導した第六班には、西区のマンションへの移住を認める、って────」


 ああ、何ともまあ今日はよく驚かされる日である。俺の頰が引きつるのも、仕方のない話だ。


「私たちがようやく認められたってことですよ」


 思わず視線が、手紙から天音へと上がる。叫び出したい欲を必死に堪えて、その手紙ごと拳を強く握るだけになんとか留めた。うん、偉いぞ。大事な手紙ぐっしゃぐしゃだけど。


「つっても宮咲、おまえ訓練期間とかは?」

「テストをいくつか受けるだけで大丈夫だったよ。まあほら、優秀な先生もいたし」

「…………ちょっとだけ、ズルしましたけどね」


 ちょっとだけ。そんな言葉に少しばかり含みがあった気がしたがそれはそれ。今は、素直に喜んでおくことにしよう。


「まーーーとにかく、よろしくね。天音ちゃん、澄人。あたしの罪を償うなら、沢山の人を傷つけたっていうなら────同じくらいに……いや、倍以上の人たちを助けないと!!」


 宮咲のやる気に満ちた声が病室に響く。


 意気込んだ宮咲の笑顔は、心の底からのもので。胸がほんの少し暖かくなった。


 ……というか、聞いた話によれば宮咲がうちに配属されるって話は、『また何処かで』なんて挨拶を交わした時点で進んでいたらしい。


 いや、宮咲よ。祓魔師より役者の方が向いてるんじゃねぇか。


 ◇◆◇


 手足の自由が効かない。


 あちこちが痛い。


 真っ暗な部屋の中。手足を動かそうとすると、じゃらり、と金属音が返ってくる。


 どうして、こんなところにいるんだろう。


「まだ諸々足らないですねぇ。実験を繰り返すしかなさそうです」


 声が聞こえてくる。何度もなく聞いた声。


 この声は、私に痛みを運んでくる。


「何もそんなにすぐ実用できるとは考えていないさ。何、ゆっくりやればいい」


 この声も、私の嫌いなもの。同時に、ああ、また私は間違えたんだ────なんて、ぼんやりと思考した。


 また間違えた。また。間違えた。間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた。


 痛いのはもう嫌だと叫ぶ自分。暗闇はもう嫌だと喚く自分。それでも、もうどちらにも慣れたと達観する自分もいて、思考が落ち着かない。


 ああ、もう。どうにでもなれ。


 意識が痛みに削ぎ落とされる。暗い闇に堕ちていく。


 深淵に、身を沈めていく。何もない恐怖が、やってくる。

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