第19話 『揺らぎ、凪』

「どういう、コトだよ……」


 俺がこの街に来てからずっと佇み続けた神木の一柱が凍りついている。

 理解が追いつかない。こんなことは今までになかったし、あって良いことじゃなかったはずだ。

 しかしそんな驚きも即座に塗り替えられることになる。

 東区域から建物の屋根を飛び、校門にたどり着いて。凍った西楓を見上げていると、ずっと握りしめていたスマートフォンが震える。

 通知の内容は一件のメール。迷うことなくソレを開くと、送られてきた内容に目を見開いた。


 送信してきたアドレスは育成学校のモノ。一斉送信で全生徒の端末に送られている。


 内容は以下の通りだ。


 ────この者を妖魔と判定し、学校から生徒全員への討伐依頼とする。


 付属されているファイルは一件。少し画質が荒い、一枚の写真だ。


 映り込んでいるのは見知った姿。西楓の根に手を触れさせ、ソレを見上げているひとりの少女。


「────宮咲」


 宮咲白雪。見間違えようがない。だって、さっきまで一緒に居たんだから。


 思考がパンクする。上手く回らない。

 足は自然と校舎へと向いて、気がつけば駆け出していた。

 校舎内へ入ると迷うことなく階段に向かい、二段飛ばしで上がっていく。

 何度か踊り場を通り抜け、足がようやく止まったのは最上階。そこにある部屋は一室だけで、その扉には『校長室』と書かれた札が貼り付けられている。

 ノックの暇も惜しい。そのまま勢いよく扉を開いて、室内へと視線を巡らせた。


「……ノックもせずに不躾なヤツだ。こんなところにいる暇は無い筈だが」


 扉を背中にして正面の壁。学校の敷地を見下ろすことができる窓の前に、俺の目的の人物はいる。

 祓魔師育成学校第壱支部、学校長。


 牧之瀬まきのせ あらた


 かつて第一次人妖戦争において、祓魔師として人間側の長を務めた人間だ。


「……メール、見たぞ。アレどういうことだ」

「質問の意図が掴めないな。あの文面のままの意味だ。あの女を妖魔と判定し、討伐する。ただそれだけの話だろう」

「討伐って……そこまですることないだろ。だって、アイツは……利用されてる可能性があって────」


 回らない思考で辿々しく言葉を並べる。最早、自分でも何が言いたいのかわからなかった。

 ソレを見透かしているように。牧之瀬の視線が突き刺さる。


「憶測で語って良い話ではない。神木は四本揃って初めて結界の役割を成す────その一本を無力化した時点で、この街への宣戦布告だ。処罰に値する」


 眼鏡の下から向けられた視線だというのに。その迫力が、俺の背筋を震わせ、自然と拳を強く握りしめていた。


「でも……」

「祓魔師の仕事はこの街の秩序を守ること……良いか、澄人。妖怪は本来恐ろしいモノだ。今は鳴りを潜めて居るが、いつ戦時あのときのようになるかわからない。そうなる前に芽を摘んでおくべきなんだ」


 一瞬の間。何も言い返すことができず、口を開いて喘ぎを漏らし。そして牧之瀬は、


「────本来なら妖怪は、全て殺すべきなんだよ」


 俺に、トドメの言葉を突き刺した。

 会話は平行線。一切向き合うことはない。


「そら、もうすぐそこまでヤツが来てる。せめておまえの手で下してやってはどうだ?」


 視線は再び窓の外に。俺にはもう、言葉も視線も向けられることはない。


 ────わかってたよ。こうなる事は。解り合えないなんてことは。


 唇を強く噛み足を回す。そのまま窓ガラスに手をかけて、


「……変わらねえな、親父」


 ガラリと。態とらしく音を立て開き、来た道を引き返すのももどかしくてそのまま飛び降りた。


 アイツと解り合えないことはわかってた。だとしたらなんで、自分からこの場所にやって来たのか。


 答えは簡単だ。逃げ道を潰して欲しかった。その点においては、アイツは適任だったと思う。


 西楓を氷漬けにしたのは宮咲本人で。

 宮咲が妖魔と認定されたのは何かの間違いでもなく。

 俺の仕事は、ソレを駆除すること。


 明確な道しるべは出来た。嫌いなヤツとの会話という行為で、思考もクリアになってくれてる。


 宮咲アイツが、でこの街に害を成す妖魔なのだとしたら、やることは変わらない。たったひとつの、簡単なことだ。


「……やっぱり来たんだ、榮倉」


 歩みを止めた宮咲の前に降り立つ。距離は、俺の歩幅にして十歩と少し。


 柔い笑みを浮かべる宮咲を、真っ直ぐに睨みつける。


 ◇◆◇


「おいおいおい、何が起こってやがンだよ……」


 遥々楓町まで帰って来てみれば、迎えてくれたのはとりあえず大惨事だった。

 神木の一本は凍らされてるし、中央駅周辺は妖怪も人間も困惑の色を隠せないまま騒ぎ倒している。状況は理解こそはできねーが、どうやらこの街は厄介ごとに巻き込まれているらしい。

 頭を掻き毟りタバコに火をつける。隣で一瞬藍蘭の野郎が咎めるような気配がしたがソレは無視だ。構ってる暇はない。


「おい、藍蘭。とりあえず街の連中を東区域の地下シェルターに避難させろ。生徒も何人か声をかけて使え」


 短く告げて、とりあえずは北区域を────学校を目掛けて駆け出す。同時にポケットでスマートフォンが震え出し、着信者を確認すらせずに電話を取った。


『もしもし、塚本先生ですか。天野です』

「ああ、手前テメェか。なんだこの状況……どうなってやがる」

『それが……』


 足を回しながら天野に聞いた現状は思ったより悲惨なモンだった。


 澄人から聞いていた少女の失踪。んでもって、この参事はソイツが起こしたもので。ついでとばかりにこの街にいる祓魔師は八割近くが────元々数が多いわけじゃねぇが────無力化されているらしい。

 つまりは今戦えるのは生徒数十人と俺と藍蘭……それから、教師数名。なんともまあ絶望的だ。意外なのは、まだ死亡者は出ていないことか。


 にしたって優秀な生徒だな、コイツは。俺に対してなるべく事細やかに状況を知らせるべく、全力で情報収集をしたらしい。正直助かる。


「ンなら天野は中央駅に向かって藍蘭の……避難の手伝いだ。向かう途中にもなるべく多くの民間人と、祓魔師に声を────」


 気だるい頭で出来るだけ最善手を弾き出す。少女の処理には多くの人員が割かれているだろうし。なら、今動ける連中が避難誘導に回ったほうがいい。


 そんな意思を込めた言葉の羅列は、俺の足と共に停止する。


「…………、…………」

『どうかしましたか、塚本先生?』


 目の前にあるのは空間の揺らぎ。いや、ヒビと形容するのが正しいか。

 何もない空中がヒビ割れ、ソレを目撃した民間人が、声をあげながら蜘蛛の子散らして逃げ去っていく。

 そのヒビを押し広げるように、向こう側から両手の指が現れた。

 黒い靄を纏った指が。徐々に、そのあなを広げていく────。


「……前言撤回だ、天野。こっちには来んな」


 挙句、現れたのは黒いナニカ。人型を模してはいるが、俺の中にソレを形容する正しい言葉が見つからない。

 全身黒づくめの人型のナニカ。その頭部には瞳と思わしき、赤い球体がひとつある。ソレが顔面の面積の八割を占めてるんだから気味の悪い話だ。


「……ったく。めんどくせぇコトになったモンだ」

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