第18話 『崩壊の音』
「ああ、もうクソ!!」
ここにはいない宮咲に悪態を吐く。何も言わずに目の前から消えたということは、つまりそういうことだろう。
心を開ききれなかった俺たちが悪いのか。それとも、〝何かを起こす〟という気は元々変わるワケ無かったのか────いや、過ぎたことを考えたって仕方がない。
こうして俺の目の前から何も言わずに消え去ったということは、俺が見たあの男たちとは無関係では無かったということ。それでいなくとも、なんらかの形でこの街に害を成すつもりでやって来たのだろう。
なら、今は
辺りを見回しながら、スマートフォンを取り出した。宮咲の姿は既に見えない。妖力を行使してこの場から離脱したなら、ソレを辿って追いかけることはできるけれど、ここは東区域。
宮咲ひとりのモノを追うには、妖怪の数が多すぎる。そこまでの技術は俺には無い。
「狙ってたとしか思えねえな畜生────!!」
頭を掻きむしりながら天音の番号を呼び出し、即座に発信する。
「もしもし天音か!? 宮咲が居なくなった!!」
数秒のコール音の後。スピーカー越しに喧騒が聞こえて来た瞬間に、天音の言葉すら待たずに要件を吐き捨てる。
『白雪ちゃんが……?』
「ああ、一瞬目を離した隙にな。俺は出来るだけ東区域を探してみる。天音は先生たちに連絡してくれ!」
『わかりました。何かあったら連絡します!』
何かあってからじゃ遅いけどな。
通話が切れ、即座に手短な建物の屋根に乗る。目を凝らし、宮咲の姿を探しながらも頭を回すことは忘れない。
祓魔師にも警察にも言わないでほしいという発言。
白いワンピースを着た半妖の連中と、ソレを従える妖怪に過激な発言をする男。
そして、白いワンピースを身に纏い、傷だらけで見つかった宮咲。
警察にも祓魔師にも見つかったら困る────と言えば、人妖特区反対派だろうか。二年くらい前に、教師陣とその連中が抗争を起こしたという話を聞いた覚えがある。
……まさか、半妖の連中を連れて、この街を潰しに────?
「だとしたら……」
出来るだけ考えたく無いことではある。けれど、考えすぎだと一蹴できるだけの話でもない。
この人妖特区を潰すなら。その街を守る祓魔師を潰すのが一番良い。
最高最善の手は、祓魔師育成学校を潰すこと────。
足は勝手に北区────育成学校へと向けられた。
◇◆◇
澄人たち第六班に困惑と焦りが募る中。街を守る神木の一本、
西楓の周りには柵が設けられ、数名の祓魔師の監視が付いているため、滅多に人影が現れることはない。
しかし、そこにゆっくりと歩み寄るひとりの影がある。
祓魔師育成学校の制服────黒いセーラー服を身に纏い、栗色の長髪を揺らしながら歩くひとりの少女だ。
その胸元には色の燻んだ宝石が、ペンダントとしてぶら下げられている。元は『転移』の魔術が込められた
少女は俯きながら歩みを進めるせいで表情は読み取れず、何を思ってここに居るのかもわからない。
「おい、おまえ。こんなところで何をしてる。学生は立ち入り禁止のはずだが────」
だとすれば、見張りの祓魔師がその少女に声をかけるのは当然で。
同時に、目を見開いてしまうのもまた当然のことであった。
その言葉が放たれきるよりも前に。少女が濃密な妖力を身に纏う気配を感じたからだ。
少女の栗色の頭髪の一部に、白いメッシュが走る。そして手をひと振りした途端、祓魔師の足元が凍りつき、足首までを飲み込んでしまう。
「貴様────」
「────、────」
何か返事をしたのであろう。口元が僅かに揺らぎ、足の付け根まで到達した氷がせり上がっていく。
挙句、祓魔師の男の口元を氷は覆い隠し、その声を奪い去った。
歩みは止まらない。一歩、一歩とゆっくりとした足取りで。少女の────宮咲 白雪の足取りは、他数名の見張りを無力化した上で、西楓の根元で停止した。
小さな掌が木の根に触れる。
途端に冷気が迸る。
そして、ほんの瞬きの間。ほんの一瞬で、西楓は凍りつき、その機能を奪われた。
冷気となった妖力は西区域全土に走り、西区域住宅街に住まう人妖全て、ひとりの例外もなく視線がそこに集まっていく。
異常を察知したのはソレらだけではない。困惑の色は広がり、街全域の視線が西楓に向いた。
その中には当然、育成学校の校門へたどり着いた澄人のモノも、中央駅へ向かう最中足を止め、東区域へと向かおうとしていた天音のモノも在る。
困惑と疑念は恐怖に変わる。
街を守っていた『結界』が崩壊する。
今、大きな音を立てて。仮初めの平和が崩れ落ちた。
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