第15話 『意思』

 ────私が見つけた時には白いワンピースを着ていて、ひどく憔悴していました。


 夕飯の準備をしながら天音に聞いた言葉。

 ……白いワンピースに半妖。何ともまあ……偶然とは言い難い。俺が東区域で会った男の『探し物』ってのはこの子のことかもしれない。これを偶然だとか、杞憂だとか。そんな言葉で済ませるのは流石に楽観的すぎるだろう。


「まあ、本人に聞かないとわからないけども」


 未だにくだんの少女は寝息を立てている。まあ、別に急ぐことでもなし。ゆっくりやっていけば良い。


 ……ああ、そうだ。塚本つかもと先生にも相談しておくべきか。一応俺たちの担当教師だし。


 そんな思考でスマートフォンを取り出し、通話履歴から電話番号を呼び出してかけてやる。受話器のスピーカーからは何秒かのコール音が響き、ツー、ツー、なんて無機質な音だけが帰ってきた。

 思わず首を傾げているとチャットアプリの通知。

 それは塚本先生からのもので、内容は『悪い、今新幹線の中だわ。どうかしたか?』なんて。


 曰く、別の人妖特区に会議でお呼ばれしているらしい。


「タイミング悪いな……」


 最悪のタイミングすぎる。できれば電話で相談したかったんだけど。

 他に相談できる教師は藍蘭先生くらいだ。でもどうやらその会議には藍蘭先生も同行しているらしく、尚のこと間が悪かった。

 一応何があったのかだけ軽く説明をしておく。それからスマートフォンをポケットにしまい、小さなため息を吐いた。


「どうするべきか……」


 そんな問いには誰も応えない。代わりに寝息を立てていた少女がゆっくりと目を開き、勢いよく半身を起こした。

 そのまま視線を慌ただしく動かし、辺りを見回す少女。ちょうど今目があった。


「よう、おはよう。よく寝てたみたいだな」

「────ここは? あたし、何が……」


 状況が理解できないのか、困惑を隠しきれていない。

 まあ無理もないだろう。目を覚ましたら知らない場所に居るんだ。困惑もする。


「俺たちは祓魔師育成学校第壱支部の学生。ここはその学生寮だよ。榮倉 澄人だ」


 とりあえず場所と名前の情報の提供。ほんの少し、祓魔師って言葉を聞いた瞬間少女の表情が歪んだ気がした。


「とりあえず色々聞きたいことはあるけど……」


 この子をどうするのか。ソレを決めるためには、色々と聞かなくちゃいけないことがある。

 色々とある、けども。


「いいや、とりあえずそろそろ飯だ。準備手伝ってくれよ」

「…………えっ、は?」

「布団畳んで、机直してくれ。料理運んでくるから。レバー食えるか?」

「あ、うん。食べれると思うけど……」


 少女が戸惑っていたとしても、夕飯の準備は進んでいく。

 ……腹が減ってるんだ。仕方ないだろ。話を聞くなら、飯を食いながらでもできるし。


 ◇◆◇


 そんなこんなで夕食時。机の上には天音作のレバニラが乗った皿があり、美味そうな匂いを漂わせている。


「……よく食うな」

「まだ沢山ありますよ」


 件の少女はと言えば、凄まじい速度で食事を進めていて。このまま眺めることに徹してれば、俺の分なんてすぐに無くなりそうな勢いだった。

 いやいや。食事を眺めている場合じゃなくて。


「キミの名前は? なんで東区域で倒れてたのか……怪我の理由とかも聞いて良いか?」


 少し質問を並べすぎた気もするが、これは必要なことだ。モノによっては俺たちだけでは手に負えないし、育成学校の先生たちにこの子を頼まなくちゃいけない。


 状況の判断と決断。これらは全部、俺たちに課題として任されている。


 祓魔師は常に正しい判断と決断を自分でしなくてはいけないとかなんとか。先生たちが手を出すのは、よっぽどの事態に発展してからか、俺たちが手に負えないと判断した時だけ。


 少女は俺の質問を受けると、一瞬だけ俺と天音に順に視線を向ける。そのまますぐに、俯くように手元の白米が盛られた茶碗へと視線を落として、


「……名前は、宮咲みやさき 白雪しらゆき。怪我の理由も、何であそこに居たのかも……言えない」

「……そうか」


 少女────改め、宮咲の声音は浮かない。そこには謝罪の念と、他にも何か複雑な感情が絡んでる気がする。


「キミが彼処から助けられた後、黒服の男と会ったんだ。探し物をしてるっていってた。……何か関係は?」


 追加の質問。それを聞いた途端、あからさまに宮咲の表情に怯えが走る。

 ……けれど、何も応えることはない。応えられないという意思表示のように、食事を再開するだけ。

 数度レバニラを口に運び、咀嚼して嚥下するだけの時間があって。宮咲は、再びゆっくりと口を開く。


「……ごめん、何も応えられなくて。自分勝手だけど、警察にも祓魔師にも言わないでほしい。すぐに、ここも出て行くから」


 その言葉は静かに部屋に響く。外が騒がしければ、掻き消されてしまうほどの大きさで。

 沈黙が続く。誰も食事に手をつけることはなく、本当に無音。その沈黙が宮咲には痛かったのだろう。返事を待つその姿は、何処か落ち着かない。


 得られたのは名前だけ。何も応えられず、苦しそうに俯くその姿。すぐに出て行くから、なんて言葉も、何もかも。


「まあ、良いよ。半妖には百個くらい言えないことやら秘密もあるもんだろ。俺も半妖だからよくわかるよ。……けど、出て行くってのは素直に聞けないな」


 放っておけるわけがなくて。自然と口を開いていた。


「一食分の恩くらいは返してもらうぜ?」

「そうですね、ワケありだっていうのはわかりますし。秘密百個というのは言い過ぎな気もしますが、半妖はこの世界で生きて行くには厳しいところもありますから」


 俺の言葉に天音が即座に同意────同意???────する。とりあえず、第六班の方針は決まった。


「話したい時が来たら……俺たちに依頼したいなって時が来たら、話してくれれば良いよ。とりあえずは俺たちが力になるからさ」


 俺たちも食事を再開する。そこから俺と天音の間には普段通りの会話が交わされ、宮咲がひとり取り残される形になる。

 視線を向けると、何やら驚愕している様子。口の中に食い物が入ってるもんだから、視線だけで問いを投げれば、


「……え、正気? 名前しか応えられないあからさまに怪しいヤツを匿うとか……」


 とてもではないがくだらない問い。俺と天音は口の中の物を飲み込んでから。


「当然だろ」

「当然です」


 見事に揃った返答。ソレに宮咲は引きつった笑みを浮かべたわけだが。

 困ってるやつは放って置かない。それが半妖となれば尚更だ。半妖への世間の当たりの酷さは、俺たちが一番知ってる。

 このまま放っておいてモヤモヤするのは俺たちだし。


 とりあえず、心の整理をする時間が出来ればいい。その先のことはこの子が決めることなんだから。


 宮咲の意思で動き出すその時まで、とりあえず匿う。それが今俺ができることだ。

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