第14話 『七月二十七日 天音サイド/歯車』
ううん、暑すぎる。暑すぎませんか。
朝のニュース曰く、記録的猛暑だとかなんだとか。今年の最高気温はあっさりと更新されてしまいました。
今私はひとりで東区域に来ています。澄人くんは今頃、藍蘭先生の定期検診を受けている頃でしょうか。
私の検診はあと二時間後。少し時間があるので、買い物もついでに済ませてしまおうという魂胆です。
「……私が雪女じゃなくて良かった」
ホント、心の底からそう思います。雪女ないし、その血を持った半妖なら今頃溶けてしまっている頃でしょう。良かった良かった。
なんて気だるげに道を歩いていけば、客引きの方に声をかけられるかけられる。今日も商魂たくましくて凄まじいです。
「よう天音ちゃん! 肉さ、ウチで買ってってくれよ。安くするよ?」
「この先のスーパーを見てから決めさせてもらいますね。……オマケをしてくれるなら考えましょう」
言いながら、並んだお肉たちに視線を。なるほど。豚肉が安い……今日は暑いですし、冷しゃぶもいいかもしれません。
「ははは、天音ちゃんは買い物上手だよなあ。澄人とは大違いだ」
「そうでしょうそうでしょう。澄人くんには任せられませんから」
こればっかりは。彼に買い物を任せると余計なものばかり買ってくるんです。本当に仕方ない。
なんて談笑をしていると、店主のお兄さんとは対照的に。思わず顔をしかめました。
「…………血の匂い」
「そりゃあウチは肉屋だからな」
「ああいえ、違います。人の血の匂いが…………人肉、扱ってませんよね」
冗談まじりの問いを受け、お兄さんは大きく首を横に振りました。そりゃあそうです。人肉なんて扱ってたら困りますし。警察に連絡しなければいけないところです。
匂いの元は、肉屋の脇の路地から。狭い、人ひとりが通れるくらいのソレ。
少し進んでいけば、ゴミ捨て場があったはずです。
「……少し失礼しますね」
ゆっくりと歩いていく。制服のポケットからスマートフォンを取り出し、すぐに澄人くんに連絡できる準備だけしておいて。一歩、一歩。
匂いが濃くなっていく。地面を見れば、逆側の道からゴミ捨て場に続く、血の跡が見えます。
そして。
「────、っ、誰」
警戒の色に染まった声。突如ゴミの山から聞こえた途端、素早く飛び起きる影があります。
それはひとりの少女。薄汚れた白いワンピースを身に纏った、私と同い年程の女の子でした。
腹部には血の赤色。恐らく匂いと地面の血痕は、この子が原因。
「祓魔師育成学校第六班・
聞かれたからには名乗らなくてはいけない。
自分の身分を明かしながら、生徒手帳を取り出した……途端。
「え、ええ……」
その女の子は、ばたりと鈍い音を立ててその場に倒れ込んでしまいました。
◇◆◇
極潰死前でのなんやかんやがあって帰宅。とりあえずは柳二も上手くやれてるみたいだし良しとしたいところ……なんだが。
「……思い出したら腹立ってきたな」
あの時であった黒服の男。アイツは、なんというか……根本的に
ありもしなかった始末書の未来に気を落とされながら、ようやく俺の住処に辿り着いた。祓魔師育成学校の第二学生寮。ここにはまだ入って一年目の訓練期間中の生徒や、俺たちのように訓練期間を終えた連中が住んでいる。2LDKだとかいうひとり暮らし用にしか思えない物件だ。
噂によれば功績を多く残し、学校に認められた生徒は街の西区域の住居への転居が許されるらしい。しかも家賃も光熱費も学校持ちだ。良い部屋に住みたければ、そこそこの功績を残せということだろう。
俺たちはまだまだその未来は遠い。また憂鬱になってきたな。
五階建てのマンションの四階。廊下を突き進んで突き当たりの部屋────四○八号室が俺と天音の部屋だ。
「たでーま、と」
玄関の扉を開くと、目の前には廊下と備え付きのキッチン。丁度エプロン姿の天音が夕飯を調理しているところで、いい匂いが鼻腔をくすぐってくれる。
「……おかえりなさい、澄人くん」
……帰ってきた声音はヤケに刺々しい。靴を脱ぐ動作を一旦停止して、天音にゆっくりと視線を向けた。
フライパンを揺すりながら、昼間の暑さなんてのは吹き飛ばすくらいの冷たい視線が向いた。ああ、これは怒ってるやつだ。
「……俺、またなんかした?」
なんかした前提なのが悲しいところ。まあ天音は俺に対して怒ってるんじゃ無い時は、だいたい俺に対しての態度は棘が少ない。俺に向かって全力で刺々しい時は、だいたい俺が悪いんだ。
天音はコンロの火を止めると、エプロンのポケットから何かを取り出し差し出してくる。よくよく見ると……いや、よく見なくても俺のスマートフォンだ。ポケットを叩いてやっても、硬い感覚は返ってこない。……紛れもなく、俺のもの。
「……ホント、ケータイはしっかり携帯してください」
「い、今のはケータイと携帯をかけた小粋なジョーク……?」
殺気が飛んできた。グーまで飛んできそうだった。正直怖い。ごめんて。
天音の手からソレを受け取り、通知を確認すると怒涛の天音からの着信履歴。やっちまったなあ。
「悪い悪い……ホント、ごめん」
「何かあったのか心配しましたよ、もう。次からは気をつけてください」
そうか、家に忘れるとそうやって心配される可能性もあるのか。気をつけよう。
スマートフォンを今度こそ制服のポケットにしまい、靴を脱ぐ。調理を再開した天音の手元に何気なく視線をやりながら、今度は俺から会話を切り出した。
「で、天音。こんだけ電話してきてるって、何かあったのか?」
返ってくるのは無言。代わりに天音の視線は居間へと続く扉に向けられた。
「……行ってみればわかります」
「ああ、うん」
詳しくは自分の目で見ろ、と。
その言葉に従うように、居間の扉を開く。どこからどう見てもひとり暮らし用にしか見えないそこの中心に布団が敷かれていた。
そこに横たわり、寝息を立てているのは見覚えのない少女。栗色の髪が特徴的な少女で、寝顔は何処か苦しそう。
「東区域で会ったんです。熱中症と出血多量の症状が見られたので、とりあえず確保しました。……たぶん、ワケありですね」
「はあ、成る程……」
肉屋の兄ちゃんの言葉を今更理解する。成る程、大変そうってそういうことか。
なんともなしに布団の脇に腰を下ろして少女を見下ろす。その身体には僅かに白い粒子のようなもの────妖気が見える。
出血多量の症状。さっきの天音の言葉から察するに、治療に今自身の妖力を使っているのだろう。変幻を使っている様子は無いし、この子は半妖か。
「……なんか、また面倒なことに巻き込まれてる気がするな」
「奇遇ですね。私もそう思います」
俺と天音のため息交じりの声と、天音の調理の音。それから半妖と思われる少女の寝息。
どうやらまた、この街に問題が舞い込んできたようである。
◇◆◇
東区域で澄人が会った黒服の男。そして、天音が拾ったひとりの半妖の少女。
独立していた歯車は噛み合い、静かに回り出す。
ここまではあくまでも、この街を揺るがす事件の
夏の街に訪れる冷気。ひとりの少女の人生の分岐点。
ソレが静かに、そして確かに。回り始めた。
祓魔師は人妖の間に揺れる────第二章、白雪姫に王子の救いは訪れない。
第一次『人妖特区『楓町』防衛戦』開幕の時は、もう近い。
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