第二章 『白雪姫に王子の救いは訪れない』

第12話 『プロローグ − 2』

 深夜三時。人も妖怪も眠りについた街に、慌ただしい呼吸音と足音が響く。


 月明かりに照らされ、仰ぎ見ることができるのは大きな楓の木。街の四方を囲む、この楓町のご神木の一本、東楓とうふうだ。


 しかしその足音と呼吸音の主には、その神木を仰ぎ見る余裕はない。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない────。その一心で、逃げ惑う少女は足を回し、仕切りに背後を振り返る。


 振り返った先には三人の黒服の男たち。少女と三人の男の間には目寸八メートル以上の距離があるが、それでも少女の事を見失う様子はない。


 いくら曲がり角を駆使しても、まるでそこに居ると解っているような足取りで、少女を追い回しているのだ。


 駆ける、駆ける、駆ける、駆ける。何度も転びそうになりながら、何度も身体をぶつけながら、それでも必死に。


 逃げられない。殺される。


 ならどうすれば良い?


 答えは簡単だ。そうして来たように、ヤツらを殺せば良い。


 自分にはそれだけの力があるのだから────。


「やだ、もう嫌だ────」


 しかし少女は、即座にその思考を振り払う。


「もうあたしは、誰も殺したくない……!!」


 その頰には涙が伝う。声に応えるものは誰もいない。


 等に限界を迎えた身体。それでも思考は回り、自分の追跡が止まらない理由に思い当たる。

 薄汚れた白いワンピース。そのポケットの中にある、ガラパゴスケータイとされる旧型だ。


 確か、GPS機能────少女は名前こそはうろ覚えかだが────があったはず、と。


 ポケットからソレを取り出し、自分の腕力を生かして遠くに放り投げる。


 即座に自身の身体に鞭を打ち、速度をあげて。路地裏のゴミ捨て場の中へと飛び込んだ。


 生ゴミの異臭の中で、少女は大きく呼吸を繰り返す。


「誰か……誰か助けてよ……」


 その声に応えるものは無く。

 少女の声は、夜の街の中に溶けていった。

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