第10話 『エピローグ』

「……食べ物で釣る気ですか」

「いやだからごめんて……」


 新倉姉弟の一件から早い事五日。今俺と天音は東区域の喫茶店に来ていた。

 ここは大きな和風パフェが人気商品で、街の女性は────カロリーを気にしながら────毎週のように足しげく通っているとか。

 女子の機嫌をとる時は甘いものが一番だ。藍蘭先生のアドバイスである。


 そんなこんなでまあ、お疲れ様会を兼ねてここに来たわけだが。空気はあまりよろしくない。五日の間天音の機嫌は悪いままだったし、気まずいことこの上ない。


「大体澄人くんは独断で動くことが多すぎるんです。もっとしっかり報連相をですね……」


 そしてこの調子で説教が始まる。緊張と罪悪感で乾いた口の中をコーヒーで潤すものだが、いつも以上に苦く感じた。……マスター、豆変えた? ミルクも砂糖も入れたはずなんだけど。おかしいなあ。


 天音の苦味多めな説教も、続くこと大凡五分程。目の前にパフェが運ばれて来たことで終わりを告げる。

 天音の視線辺りまで積み上がったパフェ。あからさまに目の色が変わったのがわかる。


「……まあ、今回はこれくらいにしておきます。丸く収まったことですし……物でほだされたわけじゃありませんからね。終わり良ければすべて良し、が適応されるのは物語だけなんですから」

「……ハイ。肝に命じておきます」


 いただきます、と礼儀正しく手のひらを合わせると、天音はパフェの攻略を始めた。

 ソフトクリームとその下の餡蜜を口に放り込んでは、余りの美味しさに笑みを漏らして。……こうしてれば普通の女の子だし怖くないんだけどなあ、なんて内心思う。口に出したら怖いけど。


「…………弟さんが助けられない状況だったら、どうしてたんですか?」


 そんな笑みを引っ込めて。俺に視線を向けながら、消え入りそうなほど小さな声で問いを投げた。

 ほんの少し聞き辛そうに。それでも、その問いと視線はまっすぐに俺に向いている。


「……もしもの話なんて、あんましたくないけど」


 天音の言う通り、全部は丸く収まったと思う。柳二は今も藍蘭さんの元でリハビリに励んでいる。


 曰く、ほんの少しでも対応が間違っていれば助からなかったらしい。


 本当に心の底から殺そうと思って行った攻撃。翼を捥ぐという行為。ソレは柳二にとって最適解だった。

 クスリによって生み出された異形の部位。ソレを捥ぐことで、生成された妖力────謂わば膿のようなものが、体外に排出されたことで、失われかけていた自我を取り戻した。

 あの服用の瞬間、柳二の薬の進行度合いは三に至った。もしもあと一回服用回数が多ければ助からなかった。


 正直、ゾッとしない。けれど、


「……多分、恵先生の目の前だったとしても殺してたよ。それが俺の仕事だ。何より、他ならぬ柳二さんの手によって恵先生が殺されるよりよっぽど良い」

「澄人くんが悪者になったとしても……恵先生にいい目を向けられなかったとしても、ですか?」


 俺たちの予測は正しかった。心の底から、恵先生は自分の弟を殺してくれと願ったわけじゃなかった。

 であれば当然怨まれることがあったかもしれない。


「それも仕方ないことだろ。それに────、」


 言葉が詰まる。脳裏に浮かぶのは、今まで生きて来た中で向けられて来た無数のよくない視線。


 化け物。半端者。異端者。人格を────俺自身を否定するような、言葉の数々。


「……そんなのは、慣れっこだよ。半妖なんてそんなもんだろ?」


 その言葉に天音は押し黙る。それがわかっててこんな事を言ったわけだが。

 半妖として生み出された事。そして、生きていく事。それは常に良くない視線を受けながら足を進めていく事と同義だ。


 ソレを、天音は理解しているから。


「………………そういうとこですよ、澄人くん」


 それっきり俺たちの間に会話はない。パフェを食べきった頃には、天音の機嫌はすっかり治っていた。


 まあ、ほんの少しでも蟠りは残ってる。ソレは仕方ない事。


 俺の目指すゴールはまだ遠い。


 でも今は、平和を謳歌することくらい許されるんじゃなかろうか。

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