第4話 『下手くそな笑顔とか』

 部屋にあるのは沈黙と、天音がカップにコーヒーを注ぐ音。とりあえず自己紹介だけ済ませて、数秒前に恵先生の口から放たれた言葉を咀嚼するためと、天音がコーヒーを淹れるための時間を設けた、といった塩梅だ。


 殺して欲しい。しかも自分の弟を。


 その言葉はあまりにも、俺たちにとって衝撃的な言葉だった。しかも迷いなく、まっすぐに放たれたときた。

 天音がコーヒーを淹れ終え、カップを恵先生の目の前に置くのを待って、再び会話を漕ぎ出す。


「……殺して欲しい、だなんてそんな物騒な。弟さんはその……何をしたんスか?」


 指導室で塚本先生が俺に言った通り、俺たち祓魔師は暴力団隊でも暗殺の会社でもない。殺しソレを俺たちに頼むということはそれ相応の理由があるということだ。

 それに、ここまで思いつめた顔までされれば、な。


「……わたしは東地区の『もみじ保育園』で働いているんです。もう二年目になるかな」

「ああ、もみじ保育園。知ってます。妖怪の子も人間の子も、等しく預かってくれる保育園ですよね」


 恵先生の言葉に応えたのは天音だ。ほんの少し声音が弾んでいるのがわかる。

 にしてもあの保育園、そんな名前だったのか。知らなかった。

 人間と妖怪が一緒に住むようになってから、もう少しで十数年ほどの月日が経とうとしている。その中でも未だに人間と妖怪の間には若干の蟠りだとか、壁があるのは仕方ない話だ。

 今でも小、中、高校だけではなく幼稚園や保育園までもが妖怪を預かるのを断るケースがある。そんな中で堂々と『妖怪の子もお世話させていただきます!』なんて宣伝をしていることは知っていたけれど。


「はい。それで……柳二は預かっている園児たちを、週にひとりずつ誘拐して行っていて。わたし達だけではどうにもできず、相談しに来た次第です」

「待った。誘拐っつったら祓魔師俺たちの管轄じゃなくて警察だろ?」

「……澄人くん、話は最後まで聞きましょう?」


 隣から向けられる冷ややかな目。重ず唇を尖らせて黙り込むしかない。

 コーヒーをひと口啜ると、天音もソレに倣うようにひと口。それからもう一度口を開いた。


「……そんなだから先走って依頼の協力者を殴りそうになっちゃったりするんですよ」

「それは今関係なくねえ!?」


 ……よっぽど鬱憤がたまっているらしい。冷たい言葉が刺さる刺さる。


「一緒に謝り倒す身にもなって欲しいものですね」

「そ、それは日々大変申し訳なく思っている所存で……」


 ついでに頭が上がらない。申し訳なく思っているのは事実だし、感謝もしてる。俺みたいなヤツとチームを組んでくれるのは天音くらいなモノだし。

 なので天音にコンビを解消される、なんて絶望的なイベントは回避しなければならない。故に平謝りである。

 そんなやりとりを繰り返していると、目の前から小さな笑いが上がる。

 俺と天音の視線はゆるりと恵先生へと向けられ、ちょうど俺と目があった。


「ふふ。二人とも、仲がいいんですね」

「いや、尻に敷かれてるだけっスよ……すんません、話遮っちまって」


 恵先生は「いいえ、」なんて小さな前置きをして、エプロンのポケットからスマートフォンを取り出した。

 数秒操作した後、画面が俺たちに向くように机の上に置かれる。画面に広がっているのは動画再生用のアプリだ。


「何故祓魔師の貴方達に頼んだのか、という話ですよね。これを見てくれればわかると思います」


 言いながら、恵先生の手によって一本の映像が再生された。

 映像に映り込んでいるのは、夕陽が照らす何処か。長い遊具の影があることから、何となく保育園の園庭が映し出されているのだと理解ができる。

 その夕陽が落ちる園庭で遊ぶひとりの園児。その腰元から狐の尻尾が生えているあたり、まだ擬態の妖術────変幻へんげを使いこなせていない、妖怪の子供だということもわかった。

 その子供は何やら、地面に木の棒で絵を描いているようだった。映像の中でしきりに遠くへと声をかけ、地面を指差して笑顔を浮かべているのが微笑ましい。だが、


「────今の」


 一瞬。ほんの一瞬。

 瞬きの間にその子供の姿が消え去り、焦った恵先生が駆け寄ってくるところで映像は終了する。


「……少し巻き戻しますね」


 恵先生はシークバーを人差し指で戻すと、慣れた手つきで子供がさらわれる瞬間で一時停止のボタンをタップした。

 そこに映り込んでいるのは、恐らく恵先生の弟と思われるひとりの男。若干映像はブレているものの、その背中から趣味の悪い、掌によく似た翼を生やしているのが見える。


「……恵先生。貴女は人間────ですよね?」


 一瞬の沈黙の後、問いを投げたのは天音。未だに映像をまじまじと見つめている俺に変わって、その視線を恵先生にまっすぐと見つめている。


「はい。わたしも柳二も人間です。両親もどちらとも人間ですし、血筋をたどっても妖怪の名前は、一切」


 応えは解りきっていた。

 妖怪たちは『変幻』という擬態の妖術を使うことで、体の構造まで人間の作りとなんら変わらないまでに作り変えることができる。

 それでも妖怪のみが持ち得る『妖力』の気配は全て消せるワケではなく、祓魔師なんかはひと目見ただけで妖怪か人間か判別できるくらいだ。

 けど恵先生からはソレを一切感じない。根っこの部分まで丸っきり人間だという証。


「……だっていうんなら、まあ。応えは簡単か」

擬似妖力生成剤ぎじようりょくせいせいざいですね」


 擬似妖力生成剤。今しがた天音の口から名前が飛び出したその薬は、今この街────楓町かえでちょうの祓魔師が手を焼いているモノだ。

 人間が持ち得ないはずの妖力を、人間の身体に付与する薬。制限時間はあるものの、人間でありながら妖術を行使できるようになる馬鹿げた薬だ。

 しかも副作用まであると来た。出所は解らず、狙ったように妖怪と人妖特区をよく思っていない連中の手に渡り────まるで、犯罪を助長しているようにも見える。

 つい最近もその薬を服用した連中が騒ぎを起こし、先生や他の班の連中が駆り出されていたのも記憶に新しい。


「これが一回目の時の映像です。妖怪を預かっている以上、何かあることは予想くらいしてたんですけど……まさか、もしもの為につけておいた防犯カメラを、肉親の為に使うなんて」

「……、……」


 思わず黙り込む。なんと言葉をかけていいか解らない。

 気まずさが隠しきれない沈黙が数秒続き、乾いた唇をコーヒーで潤して。仕切り直すような咳払いを挟み、もう一度口を開く。


「……ま、なんだ。これなら俺たちの依頼っスね。これは多分、警察じゃ手に負えないし」


 立ち上がる。ソレからなるべく、恵先生を安心させるように。なるべく笑顔を浮かべるように努めて、


「この依頼、俺たち第六班が引き受けましょう」

「びっくりするくらい笑顔が下手くそですね、澄人くん」

「うーん、今のは茶化すところと違うぞ?」


 ……まあ、そんなこんなで。俺たちの、初の指定依頼が受理された。

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