第3話 『裁いてほしい』

 ここ、祓魔師育成学校極東第壱支部ふつましいくせいがっこうだいいちしぶは文字通り祓魔師の卵を育成する学校だ。

 位置付け的には高校と同じで、入学して一年目は基礎訓練と高校で勉強するような座学、それから祓魔師として必要になる知識を叩き込まれ、二年目からは二人から六人のチームを組み、街の人たちからの依頼を受けられるようになる。

 大凡の依頼は学食の掲示板に貼り出されており、そこから好きな依頼を受理する形だ。

 けど今回の『指定依頼』は、依頼主の方から『この班に依頼したいです』なんてご指名を頂く形の特別な依頼。名を上げれば上げるほど信頼度も上がり、この人たちなら解決してくれるだろう、なんて信用から受けられるモノになる。

 ……街の中で依頼を解決する度に建物を倒壊させたりなんなりしてる俺たちが、そこまでの信頼を得られているかはこの際置いておいて。

 兎にも角にも、天音曰くもう三十分ほどすれば依頼主が学校に来てくれるそうな。日が沈み始めた頃には依頼主と話が始められるだろう。

 東棟と呼ばれる校舎の一階には応接室が並んでおり、天音は来客用の入り口から一番近い部屋を取ってくれたらしい。

 近いどころか真ん前である。ホント、入り口を入ってすぐのところ。

 天音は依頼主へ諸々の連絡を済ませてくれたらしく、応接室へと戻って来た。すぐに俺の隣に腰を下ろすと冷たい視線を向けて、


「……澄人くん。それ何杯目ですか?」

「三杯目」


 今しがた啜ったコーヒーを見るなり、小さなため息を吐く。

 いやそんな呆れ顔をされたって困る。


「来客者用ですよ、ソレ。澄人くんがばかばか飲んでどうするんですか」

「いやだって仕方ないだろ。べらぼうに美味いんだもんこれ」


 本当美味い。缶コーヒーなんかとは比べものにならないくらいだ。

 指定依頼なんて受けたことなければ、応接室に入ったのも初めてだったし。物は試しに程度に飲んだわけだけど、いよいよ止まらなくなって来た。

 そんな返答を聞いて興味が湧いたのか、天音までソファから立ち上がると部屋の壁側に設けられた湯沸かし器へと向かい、コーヒーを淹れて戻ってくる。匂いを嗅いだ時点で数分前の俺と同じように目を輝かせていたのが見えた。

 そしてその輝きを隠しきれないままにひと口。


「……本当。美味しい」

「だろ? 学食にも実装してほしいよなあ」


 学食には適当な自販機くらいしかないし。来客者相手だからこそ高いものを、なんて気持ちはわからないでもないが。俺たちにも少しくらい恵みを分けてくれてもいいんじゃなかろうか。

 なんていつも通りの会話を繰り広げては居るが、なんと言うか。まあ。


 ざっくばらんに言えば緊張している!!


 とめどなく手は震えるし視線は泳ぎまくるし、不自然なほどに今か今かと机の上に置いたスマートフォンで時間を確認してしまう。

 だって無理もない話だろ。初めてのご指名だぞ? 緊張しないわけがない。


「落ち着いてください澄人くん」

「だってよぉ……」


 なんて言ってる天音も声と手が震えている。まあそこは指摘しないでおくが。

 この依頼は俺たちの今後に関わってくる。ここで失敗すれば評価が落ちるし、成功すればクチコミなんかでもっと依頼が増える可能性もあるだろう。

 だから意識するなって方が無理な話で────、


「……ヤバい。催してきた」

「……!? 何考えてるんですか、馬鹿みたいにコーヒー飲むからですよ!!」


 カフェインは膀胱に大変厳しかった。いや、マジでヤバい。

 気がつけば依頼者が来る約束の時間。トイレに行く暇なんてのは当然なくて。

 ガミガミと二人して焦りながら言い合っていたモノだが、その声を裂くように、コンコン、と。乾いたノックの音がする。

 跳ね上がる俺と天音の肩。尿意なんてものは即座に引っ込んでしまう。

 落ち着きを取り戻すための数度の呼吸。視線だけで天音に『準備はいいか?』なんて問いかけた後、ゆっくりと。視線を入り口に向ける。


「どうぞ。鍵、開いてますから」


 声が引きつった。なるべく落ち着くように心がけてたってのに。

 俺の声を聞いて、戸がゆっくりと開く。その向こうから現れたのはひとりの女性だった。

 見た感じ、歳は二十代前半程。ベージュのエプロンを身につけており、エプロンに施された様々なアップリケと、胸元についた、『めぐみ』と書かれた紅葉型の名札がよく目立つ。保育園か幼稚園の先生なのだろうか。


「あ……どうぞ、お座りください」


 天音の言葉にも応えは無い。保育園、幼稚園の先生といえばエネルギッシュなイメージを受けるが、この先生が放つ色はその正反対。ずっと視線をうつむかせて、机を見つめるばかり。

 天音の言葉に従うようにソファに腰を下ろし、黙り込むこと数秒。ようやく先生は、ゆっくりと口を開いた。


「わたしは新倉にいくら めぐみっていいます。本日頼みたい依頼は、たったひとつです」


 視線が初めて俺たちへと突き刺さる。そのまま、ゆっくりと。迷いを断ち切るように、言葉をまとめるように。それでいて、迷いのない声音で。


「わたしの弟を────柳二りゅうじを、裁いて欲しいんです。そのためなら殺してもらっても構いません」


 放たれた言葉に、俺たちは目を見開いた。

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