3
あの日以来、俺は父親のストレス発散道具になった。
治るならいくらでもやる、それが理由だろう。
蹴られ殴られて、壊れて治っていった。
痛みで泣き叫びながら、何度も再生を繰り返した。
意識が朦朧とする中で、苦痛を耐える度に無心になっていた。
叫び声は枯れ果て、ついには何も言えなくなった。
そして両親はお互いに一言も口を聞かなくなった。
母親は俺のことも一切見なくなった。
そんな矢先のことだ。
「もう限界…」
それは俺がいつものように押し入れに入ろうとした時だった。
昔から押し入れに入っていた為か、寝る時はそこに入る癖がついてしまった。
父親の、聞いたことも無い叫び声が聞こえた。
俺は静かに部屋から出て、様子を見に行った。
「こんな家出てってやる…出てってやる」
母親の呟く声が聞こえた。
不思議と父親の声は聞こえない。
恐る恐る、扉を開けた。
そこには。
「かあさ……?」
床が真っ赤に染っていた。
真っ赤な液体の真ん中に、父親が横たわっていた。
その横には母親がいて、その手には包丁が握られている。
刃先からぽたぽたと液体が垂れている。
「……!?」
途端、吐き気が襲ってきた。
叫び声を挙げそうになるも口元を抑える。
動機が激しく、呼吸が出来ない。
父親の背中に何度も刺したような跡が見えた。
そこから深紅の液体がたらたらと流れ出している。
…母親が父親を殺した。
それが初めて、人が死ぬのを見た瞬間だった。
母親は俺に気づいてないのか、放心状態で何かを呟いていた。
このままだと殺される…俺も。
咄嗟に危険を察して、音を立てずに後ずさる。
と、その時、母親がこちらを見た。
口元がゆっくり動く。
「お 前 さ え 、い な け れ ば 」
ふらふらとこちらに向かってくる。
俺は恐怖で足が動かなかった。
殺される。父親のように。
「お前さえいなければ!」
包丁が振り下ろされる。
頬を掠れるも避けた。
出口のドアはいつも子どもの力では開けられないようになっている。
俺を外に逃がさないように。
どうしよう、逃げる場所がない。
「はは…悪魔の子…!なんで…なんで死なないの!?ねぇなんで!!」
錯乱する母親。
目が虚ろで、足元はふらついている。
包丁を振り回し、その虚ろな瞳で俺を見ている。
「死ね…死ね死ね…!」
そう呟きながら、何度も刃物を振り下ろしてくる。
俺は恐怖で震える足で逃げ回った。
「死ねぇぇ!」
手を伸ばされ、首を掴まれる。
キリキリと首が締め付けられる。
母親は俺と同じ青い瞳で、じっと睨みつける。
手には血が着いた光る包丁。
もう終わりだ。
覚悟を決めて目を瞑る。
「……っ…」
振り下ろされた包丁が目の前で止まる。
その手は震えていた。
葛藤しているのか、歯を食いしばっている。
助か…った…?
すると、突如狂ったような不敵な笑いを浮かべた。
「お前は悪魔の子だ…あは…あははは!」
そして包丁を投げ捨てた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
ただ分かるのは、自分の親は狂っているということだ。
おぞましく笑い続けている。
落ちた包丁と母親の様子を見て震えが止まらなかった。
今のうちに逃げよう。
そう思っても、体は動かなかった。
笑う母、横たわる血塗れの父。
きっと明日には俺は死んでいる。
失望を受け入れるとふっと体が軽くなった。
急激に眠気が襲ってくる。
頭がショックで限界を迎えたみたいだ。
母親の笑い声が響き渡る中、俺は諦めて横たわる。
もう、終わりだ。
そのまま遠のく意識に体を委ねた。
「……。」
まだこれは、悲劇の始まり。
序の口に過ぎないことを、俺は知る由もなかった。
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