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「きり!もうさっさと歩けよ!」
とある女性が、小さい俺の手を強く引っ張る。
輝くような金髪で化粧をしている。
その青い瞳は俺をつり上がっていて、俺を睨んでいる。
きり…それが俺の名前。
「かあさん…い…痛いよ…」
「お前が遅いからだろが。早くしろよ!」
久々に外に出して貰ったから。
歩くことになれてなくて、足が変な感覚だ。
引っ張られた手が酷く痛む。
あと凄く、お腹が空いた。
最後にご飯を食べたのはいつだっけ。
「あの…おなか…」
「あ?うっせぇな」
「…ごめんなさい…あっ」
足元の石に躓き、転ぶ。
母親はそれに目もくれず先を歩く。
泣きそうになりながらも自力で起き上がる。
膝には血が滲んでいて痛む。
手も擦りむいて、皮がめくれていた。
「痛い…痛い…怪我……」
「あ?嘘つくんじゃねぇ!」
何故か強く頭を叩かれる。
激しく泣き出す俺を見て、母親は去っていく。
ふと自分の足をみて、驚きのあまり泣き止んだ。
さっきまで血が出ていたはずの傷が消えている。
驚いて自分の手を見ると摩った跡もなくなっていた。
(…気のせいかな)
首を傾げつつ、走って母親の後を追う。
暫くすると自分の家に着いた。
バンッと大きな音をあけてドアを開ける。
途端に酒臭い匂いが漂う。
思わず顔を顰める。
部屋はゴミだらけで散らかっている。
電気が付かない部屋の奥に、男の影が見えた。
「お前またお酒買ってきたの?馬鹿じゃん!」
「いいじゃねぇか。俺の金だぞ俺の!」
「無駄遣いすんなっつったろが!」
またいつもの言い争いが始まった。
俺のことは見えてないみたいだ。
むしろここにいたら蹴られて巻き込まれる。
慌てて逃げるように部屋から出る。
酒瓶を手にしている茶髪の男性は俺の父親だ。
何の仕事をしてるのかは知らない。
毎日お酒を飲んでて母親と喧嘩している。
タバコを吸っては、よく俺の腕に擦り付けてくる。
俺を道具のように扱う、母親よりも嫌いな人だ。
罵声に耐えきれなくなって隣の部屋にある押し入れに逃げ込む。
ガシャンッと何かが壊れる音が響く。
震えながら耳を塞ぐ。
「あのガキに使う金があんならなぁ!」
「私だっていらねぇよあんな邪魔者!」
自分のことを言われ、ビクッと体が震える。
邪魔なことくらい分かっている。
毎日殴られて蹴られて。
けれどどうしようも無い。
暫くして音が途絶える。
今回の乱闘は比較的早く収まったらしい。
恐る恐る部屋のドアを開ける。
「おい飯だ!」
驚いて後ずさると、足元にお皿が置かれる。
ころっとしたお肉とじゃがいも。
昨日の残り物なのか、ラッピングされていて冷たい。
それでも空腹のままよりはずっと良い。
見渡したが、食べるものが見当たらない。
仕方なく手で掴んで食べる。
「…いただきます…」
口の中に味が染み渡る。
固くて冷めてるけれど、凄く美味しく感じた。
足りないけれど少し元気が出た。
また部屋の外で母親と父親の激しい声が聞こえてくる。
また押し入れに転がるように入り込んだ。
扉を閉めると声が小さく聞こえる。
少しでも聞こえなければ安心した。
嫌な現実から目を瞑る。
またガシャンッという大きな音が聞こえた。
酒瓶を投げあっているのだろうか。
最悪な子守唄だな。
恐怖で涙が零れる。
目を開けたら、いいことがありますように。
そう強く願いながら俺は眠りに落ちていった。
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