第5話 基礎研修
その後、プリュスと別れたザインとジルは、王都の大通りから少し離れた宿屋をとった。
ここでもジルの巨体では宿屋の中に入れない為、苦肉の策として、宿屋の隣に建つ馬小屋を使わせてもらえる事になった。
「使い魔を連れた探索者は、これまで何十人と泊めて来たが……こんなに大きな奴を連れて来たのは、お前さんが初めてだよ」
そう言いながら馬小屋へと案内してくれたのは、これからザイン達が世話になる『銀の
短く切り揃えられた髪と、逞しい顔付きの壮年の男。
腰に巻かれたエプロンが家庭的な要素を演出してくれているが、パッと見た限りでは「怒らせたら怖いおじさん」という印象を強く受ける。
しかし、宿屋の主人はとても人当たりが良く、ここでなら安心して寝泊まり出来そうだとザインは感じていた。
「あはは……ご迷惑をお掛けしてすみません」
「謝る事じゃねえさ。明日から研修があるんだろ? そんで無事に探索者の試験に合格したら、これからもウチを贔屓にしれくれりゃあそれで良い」
ニカッと口角を上げながら、ザインの肩を叩く主人。
ザインは彼からの言葉に瞳を輝かせ、笑顔で大きく頷く。
「……っ、ありがとうございます! 俺、絶対合格してみせますから!」
「おう! 期待してるぜ、兄ちゃん!」
「ワフンッ!」
ブンブンと尻尾を振るジルも、どうやら彼の事を気に入ったらしい。
この先もジルの寝床を確保してくれるというのなら、この宿との付き合いは是非とも大切にしたいところだ。
そうしてジルには馬小屋の一画が割り当てられ、続いてザインが寝泊まりする部屋へと案内される。
『銀の風見鶏亭』は二階建ての建物で、一階部分は宿泊受付の窓口と食事スペースが。奥には厨房と、主人の私室があるのだという。
二階には宿泊客用の部屋があり、その中で二人部屋が空いていたので、ザインはそこを使わせてもらえるらしい。
階段を登りながら、宿屋の主人が先導しつつ説明する。
「飯は下の食堂に来てくれりゃ用意するぜ。流石に真夜中は対応外だから、そん時は深夜までやってる酒場にでも行くと良い」
「食事は宿泊料とは別料金ですか?」
「ああ。三食しっかり食うなら纏めて払ってくれても良いんだが、探索者ってのは飯の時間が不規則なモンだろ? その都度の支払いにしといた方が、作る側としても食材を無駄にしないで済むからな」
「あ〜……それもそうですよね。分かりました」
「必要だったら弁当も用意してやるから、そん時は早めに言っといてくれよ」
階段を登りきり、廊下の一番手前の部屋へ。
主人はそこの扉を鍵で開け、ドアを開けた。
部屋はシンプルな内装となっていて、テーブルと椅子、そして二人分のベッドが並べられている。
ここに食事を運んでも良いそうなので、場合によっては部屋で食事を摂るのもありだろう。
「ところで、滞在日数はどれぐらいになりそうだ?」
「うーん……。ひとまず十日ぐらいですかね?」
ザインは十日分の宿泊料と、今夜の食事分の代金を主人に支払った。
残金にはまだある程度の余裕があるので、これだけの資金を用意してくれたガラッシアには、頭が上がらない。
主人は料金を受け取ると、ザインに個室の鍵を手渡して言う。
「分かってるとは思うが、寝る前は戸締りをしっかりしておけよ? どこからどう見ても怪しい輩は門前払いするが、ここには色んな客が泊まりに来るからな」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「おう。んじゃ、飯の時間になったら呼びに来るからな」
「はい! また後で!」
部屋に荷物を置き、ごろりとベッドに仰向けに寝転がる。
窓から差し込む夕日に目を細めながら、ザインはこれまでの出来事を振り返っていた。
「俺……本当に旅に出たんだよな……」
物心付く前から過ごした森の中の家を出て、最高の相棒と共にやってきた二度目の王都。
探索者となるべくやって来たこの場所で出会った、凛とした白百合の女騎士──プリュス。
彼女の助けを得て、いよいよ明日から探索者を志す者としての研修が始まる。
ザインの長年の夢への第一歩は、もう間も無く踏み出されようとしているのだ。
「早く探索者に認定されて、ディックに追い付いて……俺のスキルの謎を解き明かすんだ……!」
天井に伸ばした右手を、ぐっと握り締める。
未だザインの持つ『オート周回』スキルの詳細は不明のまま。
今のザインにあるのは、これまでに磨き上げてきた弓術と剣術。そして、母から譲り受けた風神の弓。
右手首に輝く戒めの金の腕輪を眺めながら、ザインは思う。
成人した今ならば、ガラッシアからスキルの使用が許されている。
ならば──
「……もう一度、あの場所でスキルを試そう。あの頃より魔力だって増えたはずなんだ。大人になった今なら、きっと──」
(今度こそ、自分のスキルを発動させてやるんだ……!)
────────────
翌朝。
宿屋で朝食を済ませたザインとジルは、ギルド会館へとやって来た。
朝一番での研修という事なので、遅刻しないように注意していたのだが……あまりにも気にしすぎたせいで、少々寝付きが悪かった。
ちなみに、ジルにもきちんと肉の塊を用意してもらえたので、当然ながら別料金として宿屋の主人に支払い済みである。
「それじゃあジル、またしばらくここで待っててくれるか?」
「ワフッ」
ザインの言い付けを守り、ギルド会館の手前で待機するジル。
中に連れて行かないのを申し訳無く思いつつ、前日に伝えられていた場所──会館一階の奥にある、研修室と書かれた札が掲げられた部屋に到着した。
研修室にはまだ人影が無く、ひとまず近くにあった座席に腰を下ろして待つ事に。
どうやらここでは座学を行うらしく、一人ひとりに手頃な椅子と机が割り当てられるようだった。
部屋の前方には教卓があり、本棚には探索者向けの様々な本のタイトルが並んでいる。
そんな風に内部を観察していると、間も無くして講師を担当する男性と、他の研修生がぱらぱらとやって来た。
時間帯が早いせいなのか、そこまで人数は多くない。年齢も性別もバラバラだった。
全員が揃ったのを確認してから、講師による探索者研修が始まった。
研修といっても、そのほとんどは探索者としての基礎知識や、ギルドを利用する上でのルールやマナーを説かれる程度のものだ。
幼い頃から伝説級の探索者に教えを請うていたザインにしてみれば、目新しい話など特に無い。
「この基礎研修を修了した皆さんには、本日より仮の探索者バッジが配布されます。これを身に付け、試験料をお支払いの上、探索者認定試験に挑んで頂きます」
講師の男性が、木製の小さなバッジを配り歩いていく。
「認定試験は本日からお受けして頂けますので、改めまして受付にてお申し込みをお願い致します」
そうこうしている内にあっさりと研修が終わってしまい、あっという間にその場で解散を言い渡された。
次々に研修室を去っていく探索者の卵達の背中を見送り、ザインは手元のバッジに視線を落とす。
「……何ていうか、俺が想像してたのとちょっと違うなぁ」
あの中の何人が、今すぐ試験を受けるのだろう。
そこまでやる気に満ち溢れる人物が居たようには思えなかった。
(探索パーティーを組むなら、もっとこう……やる気のある人の方が良いよな)
イメージと少々かけ離れていた現実に肩を落とすも、ザインはすぐに気持ちを切り替える。
何はともあれ、正式な探索者となるのが必須事項なのだ。こんな所でしょぼくれている訳にはいかない。
ザインは受付へと直行した。
あらかじめ用意していた試験料を払い、認定試験の内容が記された用紙へと目を通す。
────────────────
探索者支援ギルド 王都ノーティオ本部
探索者認定試験
試験内容……ゴブリン五体の討伐
単独、もしくは三名までのパーティーを編成し、課題を達成する事。
ダンジョン踏破ではなく、指定された魔物の討伐と、身の安全を優先する事。
なお、試験で向かうダンジョンは
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そうしてザインは最後までしっかりと読み込んで、ぽつりと声を漏らした。
「なお、試験で向かうダンジョンは……『ポポイアの森』……」
八年前の苦い思い出の残るあの場所が、ザインが探索者となる為の壁として立ちはだかっていたのだった。
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