第4話 主従の契約

「お忙しい中、失礼致します。自分は、白百合聖騎士団所属のプリュス・サンティマンですが……」


 プリュスが受付の男性へと声を掛けると、相手はにこやかな笑みを浮かべた。


「ああ、プリュス様! 本日もお仕事お疲れ様です。今日も新人探索者さんの道案内を?」

「まあ、そのようなものでしょうか。早速本題なのですが、こちらの彼──ザイン君の魔物を使い魔とする手続きをお願いしたいのです」


 ひとまずこちらへ……と彼女に促され、前に出るザイン。

 すると、職員の男はカウンターの上に一枚の用紙を取り出した。


「それでは、こちらに貴方のお名前と、使い魔にされる魔物の種族名をご記入下さい。ああ、それから探索者バッジの方をお持ちでしたら、一度こちらで情報の記入をさせて頂きますが……」

「ええと……まだ俺、探索者じゃないんです。この手続きをしてから、研修の申し込みもしようと思ってまして」

「では、ついでにこちらの用紙への記入もお願い致します。研修の枠はまだ空いていますので、明日の朝一番から参加可能ですよ」

「それじゃあ、ぜひお願いします!」


 職員がもう一枚別の用紙を差し出して来たので、ザインは急いで羽ペンを走らせる。

 別に今急いだところで大して意味は無いのだけれど、それでも急がずにはいられなかったのだ。

 両方の用紙に必要事項を記入し終え、職員のチェックを受ける。


「……はい、不備はございませんね。研修は明日の朝、ギルド会館の一階奥にある研修室にて集合となります。使い魔の方は今どちらに?」

「外で待ってもらってます。身体が大きいので、中には入れそうになかったんで」

「では、担当の者をそちらに向かわせますので、ザインさんも外の方でお待ち下さい」


 そう言い残し、男性職員はカウンター奥の扉を開け、そちらの部屋へと姿を消した。

 外で待つように言われたので、ザインとプリュスは指示通りに会館の出入り口を目指して歩き出す。


(それにしても……やけに見られてるなぁ)


 隣に居るのが聖騎士であるからか、二人は周囲からの視線を一身に受け止めていた。

 おまけにプリュスは、人目を惹きつける健康的な美貌の持ち主でもある。

 館内に散らばる男性探索者達からは、至近距離に並ぶザインへの嫉妬の視線が。女性達からは、華やかな存在感のあるプリュスへの憧れや尊敬が込められた眼差しが向けられていた。

 良くも悪くも、影響力のある彼女。


(これが切っ掛けで、何かトラブルにでも巻き込まれなければ良いんだけど……)


 一抹の不安を感じつつも、二人は建物の外で待つジルの元へと戻って来た。

 嬉しそうに尻尾を振って、ザインとプリュスを歓迎するジル。

 そんなジルに、プリュスはうっとりと目を細める。


「やっぱり可愛いですね、ジル君……」

「ワフッ!」


 まるで恋する乙女のように熱烈な視線を送る彼女に、ザインは一つ提案をしてみようと思い立った。


「ちょっと撫でてみます?」

「ひぇっ⁉︎ じ、ジル君を……ですか⁉︎」

「プリュスさんには俺もジルもお世話になってますから、そのお礼……になるかどうかは、分からないですけどね」


 苦笑しながらザインがそう告げると、プリュスは空色の目をキラキラと輝かせて言う。


「嬉しいです! とても嬉しいですっ! 是非ともなでなでさせて頂きたいです‼︎」


 全身全霊で、期待と歓喜を露わにする彼女。

 プリュスのあまりの喜びように、ザインは尻尾を狂喜乱舞させる犬の尻尾のようだなと感じながら、やはり彼女に出会えて幸運だったと実感する。

 聖騎士としての職務とはいえ、見ず知らずのザインにここまで親切にしてくれる、誠実な女性。


「い、良いんですよね? 本当にジル君をモフモフさせて頂いて良いんですよねっ⁉︎」

「はい、勿論です! きっとジルも喜ぶと思います!」


 そして何より──彼女は圧倒的な犬派である。

 ザインにとって信用出来る要素しか持たないプリュスは、とてつもなくありがたい存在であった。


「そ、それでは……いざ……!」


 一歩ずつ、一歩ずつ。

 慎重にジルへとにじり寄る、白百合の騎士。

 彼女自身は至って真剣に犬──というか実際は大型の狼──と触れ合おうと試みているのだが、道行く通行人からしてみればちょっとした異常事態である。


 巨大狼の魔物と、興奮した様子の女騎士。


 それが街中で向かい合っているのだから……。


「ジル君、失礼します……‼︎」


 そして遂に、プリュスの指先がジルの身体に触れた。

 一瞬、ビクリと手を震わせた彼女。

 けれども改めて腕を伸ばし、ジルの豊かな毛皮を、掌全体を使ってゆっくりと撫でていく。


「は、はわぁ〜……!」


 言葉にならない感想を漏らすプリュス。

 決してフワフワだとは言えない、鋼狼特有の硬めの毛質。

 しかし、そんな独特の撫で心地が彼女には堪らなかったらしい。

 一撫で、もう一撫でと繰り返していく内に、ジルも気持ち良さそうに目を閉じていた。

 そんな様子をザインが眺めていると、


「お待たせ致しました。手続きにいらしたザイン様ですね? ……ええっと、あちらの鋼狼で宜しかったでしょうか?」


 主従契約手続きを担当する女性職員が、声を掛けてきた──のだが、肝心のジルが聖騎士に撫で回されているこの状況。

 すると、困惑する職員の視線を察知したプリュスが、ハッとして振り返った。


「〜〜っ⁉︎ す、すみません! 聖騎士ともあろう者が、何ともお恥ずかしい場面をお見せしてしまいました……!」


 大慌てで平静を装うとするも、顔を真っ赤にした彼女の言葉に、女性職員はなるべく見なかったふりをする方針を定めたらしい。


「……契約の準備が整いましたので、契約紋の刻印箇所をどうなさるかお決め下さい」

「その契約紋ってものを刻めば、ジルが正式に俺の使い魔になるって事なんですよね?」

「はい。肉体そのものか、身に付けている装備などに専用の刻印を施す事で、問題無く街や施設への出入りが可能となります」


 職員の説明によれば、ジルの場合は身体が体毛に覆われている為、毛の薄い耳の内側か眼球。もしくは、首に巻いたスカーフに刻む事になるという。


「……それなら、スカーフにお願いします」

「かしこまりました。では、早速刻印の方に移らせて頂きますね」


 この女性は契約手続きを担当しているだけあって、見上げる程の高さのあるジルを前にしても、特に怯えた様子は無い。

 彼女は小さなロッドを片手に、ジルの白いスカーフへとその先端を触れさせた。


「我らが女神フィロソフィアよ……ザインなる者をこの鋼狼の主と定め、彼らに主従の契りの証たる刻印を授け給え……」


 静かな詠唱が終わると、職員のロッドが触れる部分に、淡い光と共に青い花の模様が浮かび上がって来る。

 職員は小さく息を吐き出し、ザインとプリュスの方に振り向いた。


「無事にザイン様と鋼狼の主従契約が完了致しました。今後は、このスカーフを肌身離させないようご注意願います。万が一紛失されてしまった場合は、お近くのギルドにて再度手続きをお願い致します」

「分かりました。ありがとうございます」


 そうしてザインはその場で手続きの手数料を支払い、丁寧に頭を下げてギルド会館へと戻っていく女性職員を見送った。

 すると、それを見届けたプリュスがザイン達へと礼の姿勢を取り、口を開く。


「それではザイン君、ジル君。自分もそろそろ失礼させて頂きます」

「あ……そうですよね。プリュスさんはお仕事中だったから……」


 ほんの少しでしかなかったけれど、プリュスと過ごした時間は楽しく、あっという間に過ぎていった。

 それにザインは名残惜しさを覚え、胸の辺りがきゅうっと締め付けられるのを感じる。

 しかし、プリュスはそんな憂いを吹き飛ばすような、爽やかな笑みを浮かべてこう言うのだ。


「君達と過ごしたこのは、自分にとってとても充実したものでした……! 自分はいつでもこの王都におりますので、また何かお困りの際には、遠慮せず声をお掛け下さい!」

「……っ、はい! 俺達もしばらくここに居るんで、ジルに会いたくなったらいつでも来て下さい!」

「ワフッ、ワフッ‼︎」

「ええ、勿論ですっ! 明日からの探索者研修、自分も陰ながら応援しておりますね!」


 こうしてザインとプリュスは、王都で出来た初めての犬好き仲間として絆を深めたのであった。

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