第6話 探索者認定試験

 まだ時間は有り余っている。

 今からジルに乗ってポポイアの森を目指していけば、昼過ぎには到着出来るはず。


「……ゴブリンの討伐だけなら、俺とジルだけでも充分だな」


 ザインは用紙を折り畳み、ひとまずポーチへと収納した。

 講師から配布されたウッドバッジを胸元に着けると、外で待機していたジルと共に、ギルド会館を離れていく。



 ジルの背中に跨がり、大通りを行く通行人に気を付けながら門を抜ける。

 既にジルの首には契約紋が刻まれたスカーフが巻かれている為、今回こそは何事も無く門番の前を通過出来ていた。

 大きな石橋を渡りきれば、そこからはジルの自慢の脚力が活躍する。


「行くぞジル! ポポイアの森を目指して、全速前進だ!!」

「ワウゥゥーンッ‼︎」


 ポポイアの森へ向かうのに、何の抵抗感も無い──などというはずもなく。

 もうあの男は居ないはずだろうが、ザインとディック……そしてガラッシアの三人にとって、あの森はものであった。

 母との約束を破り、自らを危険に晒したのだから。


(だけど……これは、俺が乗り越えなくちゃならない問題だ)


 そうでなくては、更なるダンジョンを攻略していく事など出来はしない。

 ザインはしっかりと前を見据えながら、相棒のジルと共に過去へと立ち向かう勇気を奮い立たせていた。





 八年前と同じく、ビッシリと隙間無く生えた樹木達の壁。

 その入り口の前に建てられた立て看板に刻まれた、『ポポイアの森 入り口』の文字。

 その前に降り立ったザインは、深く息を吸い込み、そして吐き出した。


「……よしっ。サクッと行って、サクッと帰って来よう!」

「ワゥフッ!」


 元気の良いジルの返事に頷いて、ザインは八年振りとなる始まりのダンジョンへと足を踏み入れる。



 森の中に、ザインとジル以外の探索者見習いは見当たらない。

 ザインよりも速い移動手段を持つ者が居ないのか、それとも研修に参加した彼らは、後日試験に臨むつもりであるのか……考えた所で、正解など見付からないだろう。

 八年前より遥かに上達した弓の腕で、ジルの鼻で嗅ぎ付けたゴブリンの足取りを追い、風属性へと変換された魔力の矢で頭を撃ち抜いていく。


 一体。二体。


 ──まだいける。

 何せ、子供の頃ですら普通のゴブリンなら倒せたのだ。

 あの頃はディックが前衛だったが、今はジルが敵を引き付けてくれる。


 三体。四体。


 ガラッシアによる指導の成果を、ザインは遺憾無く発揮していく。

 彼の胸にある木製の探索者見習いバッジを、一分一秒でも早く銅の色に変えたい──その一心で、ザインは一度も狙いを外さず、ゴブリン共を次々に仕留めていった。

 そしていよいよ……最後の一体がザイン達の前に現れた。


「これで……終わりだっ!」


 風神の弓から放たれる、緑の魔力。

 完全に息の根を止めるべく高速で空を斬り裂く風の矢は、ザインの狙い通りにゴブリンを貫通する。

 ドサリと地面に倒れ伏し、完全に沈黙したのを確かめて──


「よし、これで試験の内容はクリア出来たな!」

「ワフッ! ワフッ!」

「やっぱり、これぐらいならあっさりいけるよなぁ〜」


 ザインの討伐記録は、配布された木製バッジに記録されているはずだ。

 このままバッジの機能の一つである『ダンジョン脱出』を使用すれば、ザインと共に使い魔であるジルも、このダンジョンの入り口へと送還される。

 ……のだが、ザインにはまだやらねばならない事があった。


「今一番にやらなきゃならない事は終わらせた。そうと来たら……八年越しのリベンジを果たすのみ、だよなっ‼︎」


 八年前、ここでザインのスキルである『オート周回』は不発に終わった。

 原因は色々と考えられるが、その中の一つに挙げられる魔力不足は、十八歳となったザインには克服出来ているに違い無い。少なくとも、彼自身はそう思っている。



 ザインは周囲の安全を確保し、万が一ジルの身に危険が及ばないよう、ある程度離れた位置で待機してもらうよう頼んだ。

 巨体ながらもちょこんとお座りをするジルは、少し不安を感じているのか、尻尾がしょぼんと元気を失っていた。


「大丈夫だよ、ジル。『自爆』みたいな危ない名前のスキルじゃないんだし、多分平気だって! だから、そんな心配そうな顔しないでくれよ」

「クゥーン……」


 納得しきれないようではあるが、ピョコンと尻尾を振って応えるジル。


(大丈夫、大丈夫……。いざとなったら母さんの薬もあるし、俺ならきっと……今度こそやれるはずだ!)


 ザインは自身の頬を両手でパァンッ! と叩いて、気合を入れ直す。

 あらかじめ、戦闘で消費した魔力を補うべく魔力回復のポーションは飲んでおいた。

 手元には、いざという時の為に待たされたエルフの万能薬が。


「……準備も、覚悟も出来た」


 ザインは大きく息を吸い込むと、思い切り声を張り上げた。


「『オート周回』、発動ッ──‼︎」


 スキル名を叫んだ瞬間、全身を巡る魔力の流れが変化する。

 身体からゴッソリと魔力が抜け落ちたかと思うと、ほぼ同時に感じる激しい目眩めまい

 自身の魔力量の限界に近しい消費をしてしまったザインは、その場に立っている事すら困難になり、ガクリと膝から崩れ落ちた。


「ワウッ‼︎」


 心配して駆け寄ろうと、立ち上がるジル。

 しかし、ザインはそれを制するように首を横に振る。


「だい、じょうぶ……! まだ、どうにかなる……から……!」


 荒くなる呼吸。

 クラクラする視界。

 やけにうるさい心臓の音。

 それら全てを落ち着けさせねばと、深呼吸を繰り返すザイン。

 だが、その程度の対応ではどうにも解決しそうにない。


(ここで魔物に襲われたら、流石に避けられそうにない……よな……)


 ゴブリン程度ならジルだけでも仕留めきってくれるだろうが、複数の──それも弓を操る賢い個体が混ざっていれば、その場で動く事の出来ないザインは格好の標的であろう。

 ザインから抜け出した魔力は、何らかの作用を引き起こそうとしている。

 しかし、それを確認出来る余裕は、今の彼には無かった。


「もっと、魔力を増やさないと……か」


 八年前より成長したのは間違い無い。

 だが、スキルを使いこなせるだけの余裕も無いのだ。


(悔しいけど……もう少し時間が必要みたいだ)


 ギリリ……と奥歯を噛み締めながら、ザインは胸のバッジに手を触れる。

 そうして一言。


「……『ダンジョン脱出』だ」


 その言葉を合図に、ザインとジルの身体はふわりと光に包まれ──次の瞬間、彼らはポポイアの森の入り口へと帰還していた。





 ザインとジルの姿が消え、ダンジョン内には静けさが戻った。


 ……そのはずだった。


 先程までザインが膝をついていたその場所に、彼の魔力が小さな渦を巻き始める。

 その魔力の渦は徐々に高さを増していき、一気に弾け飛ぶ。

 そして──消し飛んだ渦の中から、一人の青年が姿を現した。


「…………」


 彼は感情の読めない目で周囲を見渡すと、手にしていた武器を手に、森の奥を目指して歩き始める。

 青年の赤い髪を、風が優しく撫でた。

 彼が手にした神の力が宿る弓も、その服装までも。


 全てがザインに瓜二つの謎の青年は、無言でダンジョンの最深部へと突き進んで行く。

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