第16話

今回の事件については協力者から連絡があったそうだ。


その協力者こそジェフだった。ジェフはワグナーとアヤの正体を知るものだったが、表では、昔からの親しい間柄という事になっているらしい。


アヤたちが追っている『敵』が今回の事件を仕掛けた可能性があると判断したジェフはすぐにアヤたちと連絡を取った。元々アヤたちがアーストンに滞在していたのもその『敵』を捉えるためだった。アーストンからレーラントへ移動した可能性を考えたアヤたちはレーラントへ向かうことになった。しかし不自然にアヤたちが来ては『敵』に感づかれてしまうと思い、ネス神父の体調不良を利用して町に入った。


因みにネス神父は金貨100枚で喜んで協力してくれたそうだ。


町に入ってからは歩きながら、パーティー会場では踊りなが、『敵』を探していたようだが、その気配は全くなかった。


そして、魔導書について。これはでっちあげだそうで、ジェフが事前に用意し、手紙と共にアヤたちに送ったそうだ。これでアヤたちが鉱山に入る口実を用意したのだ。


しかしそこでちょっとした問題が発生した。


サイズという存在だ。サイズは夢の中で肉体の支配権を獲得し、クモの糸を繋ぐことで兵士や魔物を町に進攻しようとしていた。その夢からガルドが無事だったのは、アヤの舞いを見たからだそうだ。


あの舞いには本当に祝福の効果があるらしく、それで難を逃れたのだ。そして、ホーキンスはアヤのおまじないにより操られることはなく、アリアに関しては精神防御がずば抜けて高いため。アヤ曰くぽっと出の魔物が支配できるほど甘くはないそうだ。


正直途中から恐らく『敵』は関わっていない思い始めたが、乗り掛かった舟だし最後まで協力するかという事でサイズを討伐することにした。


いざとなればアヤ一人で何とかしようと考えていたらしい。しかし、その予想被害を聞いたガルドは命かけてよかったと心底ほっとした。


結局アヤが追っているものはいなかったらしく、今回もハズレだったらしい。


「で、あの鉱山の女神…俺に声を掛けていたエリアって女神はどうなった?一応無事だったことは聞いたが…」


「あぁ、あの女神か…」


アヤは何かを思い出したのかクスっと笑った後ガルドに話した。



それはサイズを撃破した後まで遡る話だった。


アヤとワグナーが最奥部から立ち去ろうとすると、一筋の光が降りてきた。その中にはから羽の生えた青い髪の女性が現れた。女性は白いローブを纏っており、人間の年齢でいうと、大体20代と言ったところだろうか?そのすべてが美しいという表現が合うのだろうか?気品に満ちた顔をアヤに向ける。


「私はエリア。見事私を解放した人間たちよ、私が褒美を与えます。これからこの鉱山をより豊かに出来るよう…」


「ねぇ女神様、責任感じているなら一つだけ教えてくださいな。」


アヤはエリアの言葉を遮る。アヤは満面の笑みを浮かべていた。それを見たワグナーは歩を止めず先に扉を開け最奥部から出ていった。


「私で答えられることであればお答えいたします。人の子よ、どのような事でしょうか?」


エリアは目をつぶり、微笑んだまま質問した。


「あのね、この場所の封印を解いたのって誰?サイズじゃないよね?」


アヤの質問を聞いて、エリアは無言になる。


「聞こえなかった?じゃあもう少しだけ分かりやすく言うね!」


そういうとアヤの表情は皮肉に満ちた顔に代わる。


「誰と会ったんだ人造女神?」


「あ、あなたは何を言って…」


エリアは目を見開き、アヤを見る。エリアにはアヤが何かとてつもない気配を感じ少し身構える。


エリアの体が光始めると魔力の膜がエリアを覆った。


「じゃあ本当のお前に聞くだけだ。」


そういうとアヤは赤い蝶の一匹を高速でエリアに飛ばした。エリアが貼っていた障壁を容易く突破した蝶はエリアの頭上に着くと羽を振動させ始めた。


「あ…あああああ…ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


突如エリアが叫び始める。それは叫びというより絶叫だった。アヤはそれを見てやっぱり…と思った。


エリアは昔の記憶を封印されているという事をアヤはすぐに悟った。人造女神は全てそうだからだ。彼女たちは偽の記憶を植え付けられ、生まれたときから女神であるように錯覚させられるのだ。


今アヤが行っていることは、エリアに封印されている記憶を呼び起こし、追体験させている。だがそれだけでもエリアにとっては今すぐ殺してくれと懇願するほどの苦痛だろうというのは容易に予想できた。


人造女神を造る際の苦痛、特に最初の段階である神核移植はこの世の苦痛を全て合わせたような痛みが全身を襲う。大体の被験者はこの時点で精神崩壊を起こす。


だがそれだけでは終わらない。女神としての教育と銘打った教育と体罰。様々な地獄を経て、皮肉なことに女神は作られるのだ。


「それがお前の消された記憶、封印された過去だ。お前が今見ている事すべてが真実だ。さて…」


どうなるか?とアヤは思った。暫く叫び続けたエリアは地面に降りた。そしてその場でペタンと座り込む。そしてエリアはメソメソと泣き始める。


「い…いたいよ~…ままぁ~…えりあいいこにするこから…たすけてままぁ~…ままぁ~…どこなの?ままぁ~…」


先程までの女神の威厳はそこにはなかった。恐怖からかエリアは子供のように泣きながらその場で失禁する。


そしてアヤはエリアに近づき両手を広げる、その顔は先ほどまでと違い慈愛に満ち溢れた顔だった。


「エリアちゃん、ママですよ~」


アヤがそういうとエリアは顔を上げ、子供のようにパァっと明るい笑顔を見せアヤの胸に飛び込んでくる。


「ま…ま…まま!…えりあこわっかたよ~。」


アヤの胸元でエンエンと泣き続けるエリア、そのエリアの頭をアヤが撫でる。


「よしよし、エリアちゃん。ママが来たからもう怖くないよ。エリアちゃんに酷い事

する悪者はアヤママが全部やっつけてあげるからね。」


「ほんと?まま!あやまま、だいすき!」


そう言いながらエリアは明るい笑顔で顔を上げた。


「じゃあ、エリアちゃん。ママが居ない間にエリアちゃんに何をされたの?ママに教えて?」


「うん。あのね、いきなりおうちにだれかはいってきたの!そしてえりあのおうちこわしたの。えりあちからがぬけちゃって、そしたらまっくろくろがでてきて…」


エリアはまた少し泣き始める。


「えりあもまっくろくろにたべられちゃって…こわかった。だってまっくろくろずっとだれかにおこってたの。」


「エリアちゃん、誰に怒ってたか覚えている?」


エリアは首を横に振った。


「でもまっくろくろがいってたことはすこしおぼえてるよ!えっとね…「はなしがちがう」とか「けいやく」とか「でゅー・・・らんど」とか。」


アヤは「えらいねエリアちゃん」と言いながらエリアを撫でる。エリアは「ママ!」と抱き着く。


アヤは情報を整理する。


何者かが侵入し祠を壊した。祠を壊されたことでエリアの力が弱まり、サイズが復活、エリアを吸収した。だが何かしらのトラブルがあったのか?サイズと封印を解いた相手は中違いをしたようだ。


そしてデューランドとは、恐らくデューランド国だと思った。デューランド国はソレイス公国の南端のもう一つの鉱山都市「ゴールディン」と隣接している小国だ。


ソレイス公国領ではないが、政治的に見てもソレイス公国の支配権が行き届いた国であることは間違いなかった。


そして今回の犯人の手口を改めて考察する。


(やっぱり『狐』は全然関わっていない…が、何か違うものが動いているな)


アヤはやや険しい表情を浮かべた。


「あやまま?ぽんぽんいたいの?」


エリアが心配そうに話しかけてくる。それを見てアヤはまた慈愛に満ちた顔をする。


「ねぇエリアちゃん?ママね、またお出かけしなきゃいけないの?エリアちゃんは一

人でお留守番出来る?」


「いやだ!あやままといっしょにいる!」


そういうとエリアはアヤにしがみつく。


「大丈夫だよエリアちゃん。エリアちゃんをいじめる悪い人が出てきたら、アヤママがすぐに帰ってくるからね?だからエリアちゃんも悪い人がきたらアヤママにちゃん

と教えてね?」


「ほんとうに…たすけてくれるの?」


「本当だよ?アヤママはいつだってエリアちゃんのママだからね。ママが帰ってくるまで、女神ごっこ出来る?」


「うん!えりあめがみごっことくいだもん!できるよ!」


「じゃあ、お留守番よろしくね。帰ってきたらまたいっぱいママがぎゅーってしてあげるからね。」


エリアを抱きしめながらそういうと、アヤとエリアの間がつながったようにアヤは感じた。これはアヤとエリアの絆というよりアヤがエリアにくっつける首輪と鎖のようなものだ。


これからはエリアを好きなようにコントロールできる。人間からすれば人造とはいえエリアは女神だ。必然的に情報も集まるという算段だ。


「あやまま、いってらっしゃーい!」


エリアは元気に手を振ってアヤを見送った。アヤも手を上げて答える。直後一匹の赤い蝶を放ちエリアの頭の上で羽を振動させる。エリアはその場でパタりと倒れてしまったが、アヤは気にせず最奥部を後にした。


恐らく目が覚めるころには記憶が書き換えられ、通常通りに振る舞うだろうと思った。


外に出ると、待っていたワグナーは黒い本を読んでいた。


「何をやったかは聞くまい。」


そういうとワグナーは本をしまい、再び外へ歩き始める。


「その様子では今回もハズレか?」


「だが、エリアは我が子になったし、ここに来たことは…まぁ全くの無駄でもなかったか。」


そういうとアヤは少し笑う。その顔を見たワグナーは「またか…」という顔をした。


「そうやってまたアヤママと言われる訳だな…」


「そうだ。アヤママは世界のアヤママだからな。ワグナーももちろんそうだ。」


そう言われたワグナーは「はいはい」と呆れ気味に返事をした。



一連の話を聞いたガルドは口が空いたままになっていた。アヤは人造とは言え女神を手中に収めたとうか、娘にしてこの地帯の監視を命じたのだ。


そしてアヤが話をしている最中も「ママ」と言いながらアヤに抱き着いている元上官が目に入ってしまい混乱していた。


「さて、話はこんなところか。ガルド、お前の答えを改めて聞く。私たちと共に来れば身体を用意することが出来るかもしれない。ある人物がそういう術を持っている。だが、それは『狐』を捉えた後だ。その人物は『狐』を捉える事を私に依頼した。それを解決したのちにお前の協力報酬として身体を用意しよう。」


そう語るアヤの目は嘘をついているようにはガルドには見えなかった。それにこれが嘘だったとしてもガルドには他に頼る術がない。利害の一致を感じた。


「最後に一つ、確認させてくれアヤ。」


「なんだ?」


「お前からすれば俺なんてただの人間だろ?利害関係の一致は確かにあるけどどうして俺を助ける?」


ガルドが一番引っかかっていた事だった。恐らくアヤは普通じゃない。とすればどうして自分を助けるのか?


その質問にアヤ少し感がる素振りをする。


「お前、パーティー会場での事を覚えているか?赤い蝶が見えたという。」


「ああ?覚えてるぜ。赤い蝶がアヤの方に飛んで行ったんだ。」


「あの蝶は特別でね。普通の人間には見えないんだ。それをお前は見えたといった。だから興味が湧いた。理由があるとすればそれだけだ。」


なるほど分かりやすいとガルドは思った。そして全ての悩みは消えたと感じた。細かい事はこれからの時間で考えればいいのだ。


「分かった!俺は今日からアヤについていくぜ!よろしくな!」


ガルドは笑いながら快諾した。するとアヤも少し笑顔を見せる。


「分かった、では交渉成立だ。では契約を行う、そのままではお前が消滅してしまうからな。」


するとアヤはアリアを引きはがすとガルドの近くまでふわっと浮いて移動した。


そしてガルドに両手を回し唇にキスをした。突然の事で理解が追い付かないガルドは目を丸くし顔を赤くする。


すると、ガルドは自分の身体が段々重くなってきたように感じた。そして一瞬目の前が光に包まれる。


そしてアヤとの間に何らかの繋がりが出来たことに気づいた。あくまで感覚だけであるが、これは切れないなと分かるほど強固なものであるとガルドは思った。


光が収まり、ガルドが目を開けるとアヤは既に離れており、アリアがアヤに抱き着いているのが見える。


「アヤママ!ガルドだけずるい!私も!」


そう言いながらアリアはキスを求めるが、アヤはその顔を手で押し返す。


「今繋がりを感じたな?お前とは仮契約だ。本契約には本物の肉体が居るからな。夜私が出てきている時間帯は受肉している状態になっている。」


そう言われてガルドは自分の身体を触る。触った感覚ではあまり分からなかったが地

面にしっかり足がついているような体の重みを感じた。思わずガルドは声を上げた。


「すげぇ!本当に生き返ったみてぇだ!こりゃいいや!」


「ただし、私が出てきているときだけだ。お前が良く見ていた裏の私が出ているときは蝶の姿になって飛び回る位の事しか出来んからな。それを忘れるなよ。」


それを聞いたガルドはある時から浮かんでいた疑問をようやく口にすることが出来た。


「せっかく仲間になったんだから教えてくれ。アヤ、お前は一体何者なんだ?そして…誰を探してるんだ?」


それを聞くとアヤは少し寂しそうな顔をする。それはパーティー会場で見たあの顔だった。

「私は…そうだな、分かりやすく言えば敗者だ。ここに居る私以外のものが知らないほど昔に起こった戦争の敗北者。そしてその戦争のせいで、たった一人の妹を失った…だが、最近になって妹の気配を感じるようになったんだ。妹はこの世界のどこかで生きている。私は妹を見つける為に旅をしている。」


そう言い終わったアヤの顔には確かな決心を感じた。絶対に妹を見つけるという決心である。


ガルドはそれを聞いてここ最近あった突っかかりが取れた気がした。気分が晴れやかになった。


「じゃあここでゆっくりはしてらんねぇな!狐をぶちのめして!俺の身体作って!妹見つけねぇとな!」


そう大きな声でいうガルドを見てアヤはフッと笑う。そうするとアリアからすり抜け、アヤは歩き始める。


「そういう事だ。行くぞ!」


アヤがそういうと、先ほどから黒い本を読んでいたワグナーが本をしまい歩き始めた。アリアも「アヤママ!」と言いながらアヤの隣についていく。


ガルドは歩き出そうとしたが、町の方を向き敬礼する。丁度礼拝の時間を知らせる鐘が町から響いてきた。


「皆、行ってくるぜ!」


ガルドはレーラントの人々の事を思い出しながら町に背を向け歩き出す。


町の鐘はガルドの旅立ちを祝福するかのように夜空に響き渡った。


アヤから放たれた一匹の赤い蝶が夜空を舞った。

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