第8話

その後、ワグナーたちを宿へ送り届け、ガルドは一度鉱山入口の仮設本部へ向かった。


鉱山入口では、昨日と変わらず全員がバタバタと動いていた。特に護衛隊も調査に加わっているため。割に大所帯となっていた。


ガルドがコーヒーを取りに行くと、同じくコーヒーを取りに来たマックスと出会った。


「ようガルド!パーティーは楽しかったか?」


「なんだよ、マックス。もう知ってんのか?」


「あぁ、さっきアリア隊長が来てな。ガルドもパーティーに参加してたって言ってたからな。お前今日一日朝から晩までだろ?明日も護衛があるんだし、こっちは気にせず休んだ方が良いぜ?」


そう言いながらマックスは手で「帰った帰った」と合図する。こいつなりに俺を気遣ってくれてんだな。とガルドは思った。


「コーヒー飲んだら帰るよ。で、その後なんか動きあったか?」


「こっちは特にないかな?個人的に気になってることはあるけどな。」


「?なんだよそれ?」


「調べ終わったら言うわ。大したことじゃないからな。」


何を企んでるんだ?と思ったが、特に気にするのを止めた。


「そういえば、おやっさんは?」


「今日は飲みに行ってるよ。帰って来たと分かったなり、あちこちからお呼びがかかってるよ。やっぱおやっさんだよな。」


ここの暮らしが長かったホーキンスだ。久しぶりの里帰りを楽しんでいるのだろうとガルドは思った。


「じゃあ、俺は良い夢見から気分爽快で夜警言ってくるぜ!」


マックスは意気揚々とその場を去った。ガルドもコーヒーを飲み干し、休むことにした。



気づけば、ガルドは月が出ている綺麗な草原に立っていた。


(どこだ…ここは…)


ガルドは歩く。月明りに照らされながら。


暫く歩くと蝶がヒラヒラと飛んでいた。1匹ではない。軽く100匹はいるだろうか?夜空をヒラヒラと風と遊ぶように舞っている。


すると蝶が最も多く止まっている場所を発見する。ガルドがそちらに歩いていくと誰かが立っていた。


それは、今日出会ったばかりの少女、アヤだった。


アヤは一糸まとわぬ姿で、蝶たちと戯れている。ガルドはその姿から目が離せない。


(綺麗だ…)


するとガルドの存在にアヤが気づく。アヤは蝶のようにふわっと浮き上がると。ガルドの元へ来た。


”私が見える?私が聞こえる?”


まるで脳に直接語り掛けてくるような声だと思った。ガルドはこくりと頷く。


”そう…じゃあ…”


アヤが近づいてくる。その肢体も顔もすべてが愛おしく感じた。ガルドはアヤに手を伸ばそうとする。


しかし、その手を止める。それは昼間に感じた恐怖がまだ残っていたからだろうか?

それとも、この綺麗な蝶に触れることは、本能が拒否しているのだろうか…


アヤは歩みを止めない。そしてガルドの正面に立ったアヤはガルドの身体に手を這わせる。


そしてアヤはそのままガルドに口づけしようとする。


「君は、誰を探しているんだい?」


ふと、唇が振れる手前でガルドがそうつぶやく。先ほどアヤに聞きたかったことだ。

その言葉を聞いてアヤはふと動きを止めた。アヤの身体は金色に光だし足先から消えていく。


段々と世界が光で満ちていく。ガルドは一瞬先ほどアヤが立っていた場所に黒い影が居たような気がした。


そこで、ガルドは目を覚ますことになる。



ガルドがハッと目を覚ますと、そこは仮設寄宿舎の中だった。少し日の光が入ってきてることから明け方だと思った。


(そういや、帰ろうとしたけどめんどくさくなってここのベッド借りたんだっけ?)


そして、ガルドは先ほどの夢を思い出し、顔を真っ赤にしてベッドから飛び起き、水汲み場へ走った。


そして水汲み場で顔をバシャバシャと激しめに洗い始めた。


(うぉぉぉぉぉぉぉ…!マジで死にてぇぇ!!!!)


今日出会ったばかりの10代半ばの娘の色気に当てられるどころか、劣情を抱いてあんな夢見るなんて…!


ガルドは情けない感情と恥ずかしさを洗い流すように。何度も顔を洗う。

もう少ししたらアヤちゃんと顔を合わせなきゃならんのに、どんな顔して会えばいいんだ…。


気持ちを落としながら、宿まで二人を迎えに行くことにした。


宿に移動すると、既にワグナーが外に立っていた。ワグナーは黒い本を読みながら目を細めている。


「ワグナーさん、おはようございます。」


ガルドがそう声を変えると、ワグナーが顔を上げ笑顔を返してくれる。


「ガルドさん、おはようございます。本日もよろしくお願い致します。」


そう一礼するワグナー。ガルドはふとアヤが居ないことに気づいた。


「あれ?アヤちゃんは?」


「ああ…今となりのパン屋に行きました。焼きたてのパンの匂いに辛抱貯まらなかったようで…すいません。」


ガルドは「ハハ」と笑った。昨日もすごい勢いで食事をしていたのを思い出したからだ。


「じゃあ、パン屋に行きますか。俺も朝食を取ってないので。それにあそこのパン屋は町一番ですよ!」


「それは楽しみですね。では行きましょう。」


二人はパン屋の扉を開ける。


中に入ると異様な光景が広がっていた。エミリーとホーキンスが膝をつき、アヤに向かって右手を差し出していた。アヤが二人の右手を握り、何か呪文のようなものを唱えていた。すぐに詠唱は終わったようで、アヤは二人から手を放す。


「はい!これでおしまい!どう?ちょっとは元気になりました?」


アヤが笑顔で二人に問う。


「ほんとだ!体が軽くなって朝の疲れが取れたみたい!凄いねアヤちゃん!」


「俺も昨日の酒が抜けたみたいだな!ありがとなお嬢ちゃん!」


二人の喜ぶ顔をみて、アヤは「えへへ~」と笑う。


「ワグナーさん、今のは?」


ガルドが不思議そうに尋ねると、ワグナーは軽いため息をついて説明する。


「あれは回復おまじないですね。術者が使用者と繋がることで術者の体内魔力を効率よく送り、回復するというものですが、回復魔法のように傷を塞いだりするほどの回復力はありません。ただ、元気にするという感じです。アヤは慈善活動としてアレを他者へすることが多いですね。」


なるほどおまじない。確かに回復魔法と違い、そこまでの回復力があるようには見えなかった。だが、ホーキンスやエミリーの笑顔を見るにちょっとしたことには効果が絶大といったところだろうか?とガルドは思った。


「あ、ガルドさんおはようございます!」


そういうとアヤがペコリと頭を下げた。ガルドは昨日の夢の事もあり、少し気まずそうにアヤに挨拶を返した。


「て、てかおやっさんはここで何してるんですか?」


「なんだよ、朝飯買いに来たら悪かったか?それにエミリー宛にニーナが手紙を書いたから渡してくれって頼まれててよ!」


ガルドが知る限りエミリー、ゼル、そしてホーキンスの娘のニーナは友達同士である。その中でニーナは将来医者を目指しており、現在大学で勉強しているのだった。


「それに昨日の夜も特に異常なしだってマックスから報告も受けてる。こりゃ本格的に南部坑道を調べないといかんかもしれんな。」


「南部坑道…」


その言葉に反応するかのように、ぼそっとワグナーがつぶやく。


「おや?お前さんは?」


「うん!あの人はワグナー!神父で私の…ほごしゃ?」


疑問形なアヤにやや呆れつつ、改めてホーキンスとエミリーの方を向き直る。


「初めまして、今回領主様の誓いの儀をネス神父に代わって執り行います。ワグナーと申します。よろしくお願い致します。」


そういうと二人に爽やかな笑顔を向ける。そういうと二人も挨拶をする。


「おお、あんたが代理人の…俺はホーキンス。護衛隊の教官を務めている。」


「初めまして!そしていらっしゃい!私はここの娘のエミリーです!」


その後、パンを購入し、アヤに関しては「おまじないのお礼」という事でいくつかのパンをタダで貰っていた。


パン屋を後にして、もう一度鉱山入口まで戻ることにした。道すがらガルドとワグナーはホーキンスへ魔導書の事を説明し、実際に魔導書のページを見せた。


ホーキンスはじっくりと地図を眺めたあと、胸元から手帳を取り出した。


「この手帳には南部鉱山の大まかな見取り図が書いてあってな。昔コレを頼りに中を歩いていたんだ。これに照らし合わせると…赤い点の場所は…最奥部付近ってところだな。」


「おやっさん、俺、最奥部付近って滅多に行かなかったんですけど、あそこって何かありましたっけ?」


ホーキンスは顎に手をやり、片目をつぶった。


「あそこには…祠があったな。大きな扉があってよ。その奥だ。」


それを聞いて、ワグナーが口を開いた。


「祠…ですか…ホーキンス教官、そこになにかを祭っていたか覚えていらっしゃいますか?」


「俺が昔聞いた話じゃこの辺り一帯の神様を祭ってるって話だった。結構立派だったぜ?なんか女神像みたいのがあったのを覚えてるよ。」


ガルドはマックスが神様の話をしていたことを思い出した。


ほどなくして鉱山入口へたどり着く。そこにはウラガン、ジェフ、アリアの姿が見えた。ガルドたちの姿に3人が気づくと、ジェフが声を掛けてくる。


「おお!みんなおはよう!昨日のパーティーは二人が花を添えてくれたお陰で大成功だった!改めてありがとう二人とも!」


ジェフはそういうとワグナーの手を取る、ウラガンも満足そうな顔をした。


「アヤ君の踊りとワグナー君の演奏は見事だった。昨晩のものは首都に居てもそう滅多にお目にかかれるものではない。私は運が良いようだな。」


そう称賛を受けるとワグナーは頭を下げ、アヤもそれを見て頭を下げた。


「こちらこそ、素晴らしい料理を堪能させて頂いたばかりか、宿まで手配頂きまして誠にありがとうございました。お陰様で長旅の疲れが取れました。」


アヤも「ベッドフカフカだった!」とニコニコしている。それをアリアが見てクスっと笑った。


「そういえば、隊長は初めてでした?ワグナー神父と助手のアヤちゃんです。」


「いや、昨日会場で挨拶は済ませた。踊りが終わった後にな。ワグナー神父、アヤ、あらためてよろしく。」


そうアリアが言うと、二人とも一礼した。


そして、ジェフとホーキンスは固い握手を交わしていた。


「お久しぶりですホーキンスさん!お元気そうで何よりです!」


「おう!ジェフ久しぶりだな!変わらず忙しそうだな!」


そう会話をしていると、ウラガンが全員に声を掛けた。


「立ち話もなんだろう。それにその様子だと何か私たちに話があるのだろう?中で聞こうではないか。」


そういうとその場の全員が仮設本部内へ入っていった。

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