第7話

ステージ上ではワグナーがパイプオルガン側に、アヤがステージの真ん中に立っていた。


「本日は、このような素敵なパーティーにご招待いただき誠にありがとうございます。そしてこの度は新領主様の御就任おめでとうございます。本来であれば、ネス神父が領主誓いの儀を執り行う予定でした、体調不良という事で私、エリアルド・ワグナーが当日は誓いの儀の神父をご指名頂きました。そこで、今後この町の繁栄と平和、皆様のご多幸を祈願致しまして、一曲舞い踊らせていただきます。」


そういうとワグナーはアヤのそばへ歩いていった。


「本日舞い踊らせていただくのは私の助手、アヤでございます。お見苦しい点もあるかと思いますがよろしくお願い致します。」


そして、ワグナーはパイプオルガンへ、アヤはその場で最初のポーズを取る。


ワグナーの演奏が始まると、それに合わせて舞い踊るアヤ。ガルドはその踊りはまるで蝶が羽ばたき、空を舞い踊るように感じる。


(綺麗だ…)


ガルドは完全に見とれていた。そしてアヤと目が合う。アヤから向けられた視線は歳不相応の色気を感じた。


パイプオルガンの演奏が早くなると、アヤの舞いはより一層激しさを増した。

ガルドにはそれが赤い羽をした蝶が、空中で何かと激しい戦いをしているように感る。オルガンの演奏がまた落ち着いた音色に戻ると、今度はその蝶が何かを探しているように見えた。


探しているのは何なのだろうか?家族?仲間?恋人?何を探してこの蝶は飛んでいるのだろうか?


そんなことを考えていると、丁度演奏も終わりを迎えた。ステージ上のワグナーとアヤは喝さいの中にあった。二人が頭を下げてステージを降りると、すぐに人に囲まれる姿が見えた。


ガルドは良い舞いだったしせっかくならこの余韻に浸りたいと思い、テラスへ移動する。


テラスには誰もいなかった。丁度良いと思い懐から煙草を取り出し口にくわえ火をつける。ふと夜空を見上げた。満点の星空だった。その星空を眺めながら、先ほどの舞いを思い出す。我ながら発想が詩人すぎだなとガルドは肩をすくめる。


刹那、顔を上げると赤い羽をもつ蝶々がガルドの前を飛んでいた。いきなりの事に「え?」と声を出すガルド。そして蝶はテラスの入り口に向かって飛んでいく。そしてそこにはアヤが立っていた。


「あれ?ガルドさんも涼みに来たんですか?」


アヤが黒い目をぱちぱちしながら尋ねてくる。ガルドはハッとして目を擦り、アヤの方を見る。が蝶は飛んでいなかった。


「ア、アヤちゃん…今、蝶々飛んでなかった?」


ガルドは思わずアヤに聞いてしまう。


「え?蝶々!?どこどこ!?夜に飛ぶ蝶々なんて珍しい!絶対捕まえるぞ~!」


アヤは腕まくりをしてその場を「どこだどこだ!」と言いながらキョロキョロする。

その様子を見てガルドはやっぱり見間違いだろうと思った。


「ああ、ごめんアヤちゃん。俺の見間違いかも…夜飛ぶ蝶っていないのかね?」


それを聞いたあからさまにアヤはがっかりしたようで肩を落とした。


「私が知る限り、隣の大陸には居るらしいですよ?ほら、あっちは大きいエルフの里がありますよね?あそことか、魔族の住んでる地方にはたっくさんの種類の蝶がいるらしいですよ!」


アヤは「行ってみたいな~」と言いながら目をキラキラさせる。その様子を見てガルドは先ほどアヤに感じた色気を思い出したが、多分舞ってたせいで普段より大人っぽく見えたんだろうと思った。


「ハハハ…アヤちゃんは蝶々博士なんだね。一番好きな蝶はなんだい?」


ガルドがそういうとアヤはガルドの近くに寄って来た。


「私が探している蝶は一匹なんですよ…世界でただ一匹…なかなか見つからないんですよね。」


そう話すアヤの顔は悲しく笑っていた。その顔を見たガルドは少しドキっとしてしまった。昼間見せる顔とは全然違う表情だった。


「アヤちゃんそれって…」


”誰を探してるんだい?”


その言葉を口にしようとしたとき、ふと先ほどの舞いを思い出す。ガルドが感じたことがそのままであった。


だからこそ、余計にそれを口にするのを止めた。


「ごめん、変な事聞いちゃったね。」


「いいえ!その一匹を見つける為に私はこれからも頑張ります!」


そういうとアヤの表情は元の元気娘に戻っていた。本当にコロコロ表情の変わる娘だなと思った。そしてさっきアヤに感じた感情を頭の片隅に追いやる。


(流石に10代半ばの娘に色気感じたとか…絶対人には言えない)


ガルドは平静を取り戻しつつ、心の中で今日の感情を封印することに決めた。


「アヤ、ここに居たのか。」


声の方に振り向くとワグナーが立っていた。アヤは「ワグナー!」と言いながら移動する。


「ガルドさん、アヤが何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「いや、迷惑だなんてとんでもない。それにさっきはお疲れさまでした。アヤちゃんもワグナーさんも凄かったです。思わず見入ってしまいましたよ!」


ガルドは先ほどの感想を述べる。それは心から出た感想だった。


「そういっていただけると幸いです。あれは古くから伝わる民謡に舞いがついたものでしてね。教会の正式なものでは無いのですが、個人的に気にっておりまして。それはさておき…」


そういうとワグナーは懐から一冊の本を取り出しガルドに見せた。かなり古い本であり、タイトルも擦れてしまっている。また本に鍵穴が付いているというちょっと珍しい構造になっている。


「これ、なんだと思いますか?」


ガルドはよく観察するが、ただの古本にしか見えない。


「これは所謂魔導書です。どうです?読んでみますか?」


ワグナーがそういうとガルドは驚いた。魔導書…それはソレイス公国で「禁書」として指定されているものだ。禁書指定されている理由は、やはり古代魔術が原因だ。古代魔術とは現代魔術と比べるまでもなく残忍なものや、威力が桁違いものもが多く、中には邪神との契約、召喚といった明らかに甚大な被害をもたらすものが多い。ただ、全てが有害かと言えばそうではない。例えば古い言葉での祝福や加護といった使用をする場合もある、その為大聖堂協会が検閲したものについて相当魔術に長け、扱に慣れたもののみ持ち歩きが可能となっている。


「いや、流石に魔導書は…どうせ古代文字ですよね?俺わかんないんで。」


ガルドは後頭部を掻きながら「ハハハ…」と苦笑いする。それを見てワグナーはクスっと笑う。


「実は私とアヤが今回この地方を訪れたのは、すべてこの魔導書が関係しているんですよ。」


「その魔導書が…ですか?」


「はい、実はこの魔導書…つい1か月前まで半分以上白紙だったんですよ。ですが、最近になって次々と文字が浮かび上がって来たんです。そこには地図、そしてその地図上に何かを指し示すように赤い点が付いているんです。調査の結果、どうやらその地図はこの辺り一帯の地図になっているようでしてね。」


そういうとワグナーはポケットから小さなカギを取り出し、本に差し込み回した。


「そして、この魔導書の解読こそ私たちに与えられた使命なのです。」


カチャっと鍵が開く音がした。ワグナーはカギをポケットにしまうと本を開いた。


「ガルドさん、このページは大丈夫ですのでちょっと見てもらえませんか?もちろん後日他の方にもお見せして情報を集めようと思いますが、貴方はここに住んで長い。もしかしたら我々の調査では分からなかったことに気づくかも…」


ワグナーは本を持ってガルドへ近づく。そして1小節の短い呪文を唱えると手に明かりが生まれた。ガルドは断ることも考えたが、少しの好奇心から本の中身を確認する。


そこには一枚の地図と地図には赤い点が確かに記載されていた。また地図の隣には別紙で紙が付いており、恐らくワグナーが手書きで写したのか。魔導書の地図を真似た形とこの辺りの地名が掛かれていた。


そして、ガルドは地形の位置関係を丁寧に確認していく。


「この赤い点の場所…もしかして南部坑道じゃないか?」


「南部坑道?鉱山の一つですか?」


それからガルドは、ワグナーに南部坑道が封鎖された経緯、そして最近その南部坑道から謎のゴーレムが現れたことを説明した。それを聞いてワグナーは顎に手をやり考える。


「なるほど、そんなことが…しかし、ガルドさんのお話と照らし合わせても、この赤い点が南部坑道であれば、もしかしたら何かがある…もしくは…」


「何か危険が迫っている。と考えるべきでしょうね。」


ガルドは真剣な声でワグナーに返す。


「まず、その事については明日改めて関係者が居る場で確認しましょう。ワグナーさん、貴重な情報をありがとうございます。この情報は他の住民には他言無用で願います。町が混乱する可能性がありますので。それから今日はもう遅いですし、長旅でお疲れでしょう。宿までお送り致し…」


そこまで言ったところでガルドはアヤの方を見る。アヤはテラスの入り口側でスヤス

ヤと寝息を立てていた。


「…ワグナーさん、俺アヤちゃん抱えましょうか?」


「…いえ、ガルドさんにこれ以上迷惑はかけれませんから…」


そういうと、ワグナーは幸せそうによだれを垂らしながら寝るアヤをおんぶする。


こうやって見ると仲の良い兄妹に見えるなぁ…とガルドは思った。

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