第6話

ガルドは改めて、少しだけ構えなおしながら考える。


先程から二回受け流したのはアヤの動きを見るためだ。


アヤは突進しながら右手に持っているぬいぐるみを突き出してくる。だったら左手で払って、右手でアヤに触れて終わり。だが、さっきと比べ物にならない突進だと予想する。果たしてうまくいくか…とガルドは考えた。


刹那、アヤが地面を蹴った。先ほどより速いが身体強化の呪文のお陰で目で追える速さだ。予想通りアヤは右手を突き出してきた。


ガルドはギリギリでその右手を払い自身の左手で払い、木の枝を持った右手を伸ばした。


(もらった!)


そう思った瞬間。


木の枝を持った右手の先には誰もいなかった。


「タ~ッチ」

その声にガルドはびくっとした。


少女の声は、ガルドの後ろから響いた。


そして、ぬいぐるみを背中の心臓の位置に押し当てられていた。


そして後ろにいる存在が、まるで人間を超越した何かのように感じ言いようのない恐怖心がガルドに芽生えた。ガルドの原始的な本能がこうささやくのだ。


”タタカウナ、カクジツニコロサレル”


ガルドはその感情を理解し、ガクガクと震えた。嫌な汗が大量に出てくる。


「ガルドさん?大丈夫?」


そう言ってアヤが正面に回ってくる。アヤの心配そうな顔を見てガルドはハッとした。


「ア…アヤちゃん…い、いや~強いね。俺じゃ勝負になんないわ。」


そう言いながらようやく震えが収まった手で煙草に火をつける。


「えへへ~強いでしょ?じゃあ約束の品を頂きましょうか~!」


そういうと、アヤは満面の笑みを浮かべよだれを垂らしている。


この姿を見て、ガルドは安堵した。先ほどこの娘を異形の存在に感じたが、確かに武芸は凄いが普通の娘じゃないか。


何故自分は恐れたのだろうか?確かに実戦なら殺されているだろうが、この娘と戦う事などありはしないというのに…


そして、アヤに賭けの代償を支払うガルド。教会から少し離れた露店でアヤにアイスを買ってあげた。アヤは6段にも重なったアイスを一気に頬張る。


そして、アヤが食べ終わるのを見てガルドは先ほどの動きについて質問した。


「さっきのですか?」


そいういうと先ほどう動きをアヤが説明する。アヤ曰くガルドが右手を払ってくることは予想で来たそうで、わざと右手を払わせた後、その勢いで回転しながらガルドの背後に回ったらしい。


「オレもまだまだだな…」


説明を聞きながらガルドがボソっと呟く。そして驚くべきはアヤの速度である。


全然見えなかったというのが感想だ。アヤの説明ではちょっと腑に落ちない部分もあるが、それで納得することにした。アヤはというと、いつの間にかアイスを食べ終わっており、手に止まっている蝶々をニコニコしながら眺めている。


「アヤちゃん強いな。どこで修業したの?」


そうガルドが尋ねると、アヤは蝶々の乗った人差し指を上に向けた。ガルドが見上げると一面青空が広がっていた。何かの比喩だろうか?


「お待たせして申し訳ございません。」


ふと教会側からそのような声が聞こえた。声の主はワグナーだった。どうやら用事が終わったのであろう。ワグナーはガルドに近づくと一礼する。


「アヤが何かご迷惑をおかけしませんでしか?」


「いえ…組手を少しやらせて頂きまして…その、彼女めっちゃくちゃ強いですね。」


素直に感想を述べるガルド。それを聞いてワグナーは少し悲しい目を向けてきた。


「そうでしたか。…先ほどお話した通り、アヤは5年前に孤児院に来ました。ですが、その前にどうやらかなりの戦闘訓練を受けていたようで…戦ってみられた通りの状態です。」


ワグナーはその悲しい目を空に向けた。


「アヤが…どのような過去を過ごしてきたのか…それはわかりません。ですが、聖職者として私が出来ることは彼女に旅を通して、ありのままの世界を見せる事。その中で人としての道、即ち自らの人生を考える事。そのきっかけになればと思い彼女を連れています。」


それを聞いてガルドはなるほど、と感心した。自身が孤児だったこともあり、ワグナーの考え方は賛同できると思ったからだ。そしてアヤを連れて旅をする理由も納得できる。


「こらアヤ!お前ガルドさんに食べ物ねだったろ!」


「違うもん!ガルドさんがくれたんだもん!」


「ほら!服にアイスがついてるぞ!ああこっちも汚して!」


そんなやり取りを見ていると、やっぱりペットと飼い主という感じではあるが…



気づけば日が沈む時間となっていた。ガルドたちは領主館の前に居た。ワグナーから


「ジェフ氏と出来れば新領主様にも事前に会っておきたい」という要望があったからだ。


ガルドは憲兵に挨拶を済ませると二人を領主館の中へ案内した。


「わぁ~大きい!」


アヤがそう感想を述べる。領主館の中は大きな作りとなっていた。外壁と同じく中も白い壁となっており、数々の調度品がその場所を更に美しく彩っている。中央には大きな階段があり、上は客間と領主室となっているようである。現在は新領主就任後、最初の議会が行われおり、


憲兵から「もうすぐ終わるはずだから中で待っていてください」と言われた。


程なくしてウラガンが2階の部屋から出てきた。ウラガンは憲兵に耳打ちされると1階に降りてきた。


「待たせたかね。予定より会議が長引いてしまってね。」


「いえ、お忙しいところ恐れ入ります!自分はガルド・メッシュであります!早速ですが、今回の儀を執り行います神父様がお目通りを願っておりお連れ致しました!」


そういうとガルドは下がり、ワグナーとアヤがウラガンの前に進んだ。


「初めまして、ウラガン様。私は今回の儀を執り行います。ワグナーと申します。こちらは助手のアヤ。」


「アヤです!よろしくお願いします!」


二人がそう挨拶すると、ウラガンは満足そうに笑顔を見せた。


「うむ、2人とも長旅ご苦労であった。そうだ、折角の機会だ。このまま夕食パーティーに参加していきなさい。移動で疲れたであろう。ガルド君も参加していきなさい。アリア君も居るし丁度いいだろう。」


それを聞いてアヤは「ごはん!」と目を輝かせている。ワグナーも「それではご一緒させていただきます。」と返していた。


ガルドはいきなりの事に、もっと身なりをちゃんとしてくればよかったと若干後悔しながら、案内されるがままパーティー会場へ足を踏み入れた。


パーティー会場では既に料理が運び込まれており、各々会食を楽しんでいる。ウラガンは入口付近で数人の議員につかまってまい、「それでは失礼するよ」とだけ言い人ごみに消えていった。


アヤは一目散に料理に飛びつき、好き勝手にガブガブ食べている。ワグナーとガルドは丁度ジェフを見つけて声を掛けた。するとジェフとワグナーは両手を広げて抱き合った。


「久しぶりだなワグナー君!長旅ご苦労だったね!」


「お久しぶりです、ジェフさん。ご無沙汰してます!」


「ハハハ!本当に元気そうでなによりだ!それで、アヤ君はどうしたんだい?」


そう聞かれたワグナーはアヤが居る方を指さす。相変わらずガツガツ食べているが、最早食べ方は本能を解放した犬そのものであった。


「相変わらず元気な娘だな!なぁワグナー君!」


ワグナーは怒りを堪えたような顔をしたが、大勢の手前我慢することにしたようだ。


「そしてガルド君!よく彼らを案内してくれた!礼を言うよ!」


(何が礼だよ…まぁ前金貰ってるからな。)


ガルドはそう心で呟きながら「はは、どうも…」と濁していた。


ガルドはジェフとの会話を終えると、アリアを発見し近づいてった。


アリアはいつもの軍服ではなく、白いドレス姿で、黒い髪を束ねており、化粧もばっちりだった。


いつもと違うアリアにガルドが見惚れていると、アリアがガルドに気づいて話しかけてくる。


「ん?ガルドも来ていたのか。どうした?私の顔に何かついているか?」


そう言われガルドは顔を赤くして慌ててしまう。


「あ…いや、隊長は…綺麗…だなって思って…ハハハ…」


その様子を見てアリアはクスっと笑った。

「相変わらず世事は上手いな。褒めたところで何も出ないぞ?」


「いや!世事とかじゃなくて…本当に…その…」


そうガルドが言い淀んでいると、突如会場にジェフの声が響く。


「さてお集りの皆様!本日は4日後に控えた新領主様就任式典の為に、ワグナー神父と助手のアヤ君が遠方より駆けつけてくれました!その2人から町の繁栄と平和を願い、一曲舞い踊って頂けるとの事です!是非ステージ前へお集まりください!」


ジェフがそう告げると、パーティー参加者がステージ前方へ移動する。


「ん、踊り…か、興味深いな、ガルドも見に行くか?」


「はい、お供します!」


アリアに言いたかった言葉を飲み込み、ガルドとアリアはステージ前方へ移動する。

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