第5話

次の日


約束の為、レーラント郊外に出たガルドは町の外の空気を思いっきり肺に取り込んだ。最近休日は寝て過ごすことが多く、久しぶりのピクニックのような気分を味わっていた。


隣町アーストンは港町であり、時折アーストンからの荷馬車などがレーラントへ向かって右から左へ流れていく。食料品やその他雑貨物資などを運んでいるのだろう。ただ、通りが多いわけではないので、ここに立っていれば嫌でも目に付くだろう…という場所を選択して立っていた。


ガルドは新聞を開く、ここに来る前に売られていたものだ。


兵士という仕事をやっていると情報はどんどん入ってくるし、詰め所に行けば読めるので自分で買う事はほとんどない。今回は完全に暇つぶし用だった。


見出しには大きく「アーストンの貴族、遺体見つかる」という文字が書いてあった。


アーストンの貴族といえばガルドも数人名前が上がるが、その一人が殺害されたという情報は昨夜帰りに寄った詰め所で聞いた。


何でも集団暴行を受けたような跡があり、近くのネスト村付近で遺体が見つかったとの事だった。護衛8人の斬殺死体も上がっており、当初は村人が疑われたが、全員に証拠があり結局夜盗の仕業という事になっている。


というのも、この貴族の家を捜索した所、出資不明の金やら、見世物目的の女子供が地下室から見つかり、屋敷で働くものからは彼の実情が語られた。


ガルドは大方これ以上捜査を続ければ、他の貴族たちが二次被害にあう可能性があるため、捜査関係に待ったが入り現状から一番妥当な線で世に公表したんだろうなと思った。


また、ネスト村には駐留兵が居なかったことや、その貴族が村の女子供を連れ去っていたことも屋敷関係者の証言で明らかになり、屋敷から見つかった資金は全額慰謝料や駐留兵の配備、病院や学校の建設費用に回るらしいとの事だった。


また、裏面にはネスト村の若者の事が書いており、ネスト村で自警団を設立し、駐留兵と協力して村を守っていくというような記事が書かれていた。


そんなネスト村だが、果実が豊作らしく今年は甘い実が付いているらしい。今度行ってみるかな?とガルドは思った。


そんなこんなでガルドが4本目の煙草に火をつけようとしたとき、右から黒い修道服に身を包んだ男性が向かってくるのが見えた。煙草を戻すと、男も察したのかスタスタとガルドに向かって歩いてくる。


「失礼ですが、ワグナー神父ですか?」


先にガルドが声を掛けると、男は軽く頷いた。見た目は緑の髪に青い目。歳はガルドと同じくらいだろうか。爽やかな笑顔を浮かべていた。


「はい、そうです。すると貴方がガルドさん…でよろしかったでしょうか?」


そう言いながらワグナーはガルドへ手紙を見せた。手紙には急なお願いで申し訳ないがという事と、再会を楽しみにしている。という文章が書かれており、最後にジェフのサインが書いてあった。


「ええ、ガルドです。ワグナー神父、今回はよろしくお願いします。そういえば二人…と伺ってましたが?」


「ああ、今後ろから来てますよ。ほら!さっさとこい!」


そう言われてワグナーの後ろを見ると、黒いフード付きマントを羽織ったひとりの人物が荷物を抱えてひいひい言いながら歩てくる姿が見えた。


「まってよワグナぁ~…つ、疲れたよぉ…」


「お前が考え無しに走り回るからだ。全く…」


そしてようやくワグナーたちの元へたどり着くと、荷物を下ろしてフードを取った。

フードの下から出てきたのは黒い髪を結った黒い目の少女だった。


歳は10代半ばだろうか?恐らくエミリーよりも幼いのではないか?とガルドは思った。顔立ちは良く、将来は絶対美人になるだろうなと思った。


少女は腰から水袋を取り出すと一気に飲み干してしまいその場にへたりこむ。


「ぷはぁ!あれ?ワグナー、この人…」


「そうだ、ジェフ氏の手紙に書いてあったガルドさんだ。アヤ、挨拶しなさい。」


そう言われると、アヤと呼ばれた少女は飛び起きてガルドの前に立つ。


「はじめましてガルドさん!私アヤって言います!え~とじょしゅです!」


アヤはニッコリと笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げる。


「はじめまして、アヤちゃん、ガルドだ。よろしく頼む。」


ガルドは「元気のいい娘だな」と思いながらアヤに挨拶をした。


その後、二人を連れて町を案内する中でガルドは少しだけ二人の事を知ることが出来た。


まず、神父の名前はエリアルド・ワグナー。ソレイス公国ゴーストン出身で、普段は教会本部の指示で、国中の教会を回って祈りを捧げたり、代行業務を行っているそうだ。


現在は隣町のアーストンに滞在中で、友人のジェフに手紙を送ったところ、レーラントで領主の誓いの儀があること、レーラントの神父が体調不良であることを知り、自分で力になれるなら、とジェフからの依頼を二つ返事で快諾したとの事だった。


そしてアヤは、ワグナー神父の助手であるが、正確には5年前に教会の孤児院に引き取られた子供であり、その中でも特に武芸に優れた彼女を護衛として連れているとの事。生まれながらの才能というのだろうか?ワグナーによると、相当な使い手らしい。ただ、町に入ってからの彼女は出店を見てはしゃいだり、くるくる回りながら歩いたりと、歳相応の娘という感じしかしないとガルドは思った。


そして、たまにワグナーが「早く来なさい」とか「そっちに行くな」とか言っている姿を見ると、仲の良い兄妹というより、まるで主人とペットのような関係だな、と感じガルドは少し笑った。


暫く歩くと教会につく、ワグナーの要望だった。


「それでは、ネス神父にご挨拶と我が神に祈りを捧げてまいります。ガルドさん、申し訳ありませんが、少しアヤを見てていただけませんか?」


「構いませんが…アヤちゃんは行かないんですか?」


「ええ。道中でお察しかと思いますが、あいつは騒がしいので…」


あぁ…と道中の行動を思い出し、ガルドは納得する。


一礼した後、ワグナーが教会の中へ入っていく。一方アヤは手に止まった蝶々を眺めながらニコニコしている。


(こんな娘が護衛…ねぇ…)


ガルドはふと思った。見た感じどこからどう見ても、そこら辺に居そうな少女だ。歳だって自分と10位は離れているだろう。それに出会ってからの行動を振り返ってもとても武芸の心得があるようには見えなかった。


「なぁ、アヤちゃんはワグナー神父の護衛なんだよな?戦闘経験とかあるの?」


ガルドがそう声を掛けると、アヤは蝶々を逃がしてガルドに近づいた。


「うん!たっくさん戦ったよ?あ、そうだ!よかったらちょっとだけ組手する?」


そういうと、荷物をガサガサとあさり、「あった!」というとクマのぬいぐるみを取り出す。


「このクマちゃんでガルドさんに先にタッチしたら私の勝ち!ガルドさんが先に私に触れたら私の負け!どうかな?」


ガルドはやれやれと思ったが、客人の提案を無下に断ることも出来ないし、自分の中の疑問を解決出来るなと思った。


「いいぜ。じゃあ始めようか?」


「わーい!じゃあいっくよー!」


そういうとアヤはマントを取った。マントの下の服は袖の短い黒いクロスアーマーと黒い半ズボンという組み合わせで、靴はバトルブーツにしては随分柔らかそうな素材で出来たものだった。そして腕には小手を付けている。


アヤが構える。合わせてガルドも軽く構えを取った。


刹那、アヤは地面を蹴った。


そしてあっけなくガルドにタッチした。


「もう、ガルドさん!動いてくれないと面白くないよ~!もう一回ね!」


そう言ってアヤはテクテク元の位置に戻っていく。


ガルドは冷や汗を流して言葉を失っていた。ガルドは動かなかったのではない。動けなかったのだ。


確かに油断していたことは事実だ。だが、アヤが地面を蹴ったと思った瞬間にはガルドは触れられていたのだ。速い遅いの話ではなく、本当にアヤが瞬間移動してきたような錯覚を覚えた。


(なんだ今の…完全に消えちまったぞ…)


ガルドは足元に落ちていた木の枝を拾った。そして慣れ親しんだ構えを取る。


「アヤちゃん、これ使っていいかね?」


「いいよ!よぉ~し、じゃあいっくよー!」


アヤはそういうと再び地面を蹴った。そしてガルドへ勢いの付いた右手を突き出す。ガルドは持っていた枝で右手のぬいぐるみを受け流す。


アヤは体勢を返して近くにあった木の幹に両足を付けると、勢いよく蹴り飛ばして突進する。ガルドはこの突進もどうにか受け流す。アヤはそのまま体を回転させ一度地面に着地する。


アヤの表情は相変わらず楽しそうで、これがアヤにとってちょっとした運動なのだとガルドは悟った。


(マジかよ…この嬢ちゃん一体何もんだ?)


とはいえガルドも突破口を見出していた。アヤほどの速さの相手と戦ったことはないが、闘技大会ではこういう手合いと当たることもあった。


(遊びだが、こっちにも面子ってのがあるからな!)


そう心の中で言うと2小節の呪文を唱えた。


これは身体強化の魔術であり、騎士団員であれば最初に叩き込まれる魔術である。ガルドの体が青白く光り始めた。


「悪いなアヤちゃん。ちょっとした試しだ。後でアイス奢ってやるからそれで簡便な!」


それを聞いてアヤは目をキラキラさせる。


「え!?アイス!アイス大好き!よぉ~し頑張るぞ~!」


そういうとアヤは独特の構え方をした。徒競走の選手が構えるようなフォームだ。恐らくかなり速い突進をしてくるのだろうと予想し、ガルドもやや体勢を低くして構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る