第4話
ガルドたちが作業を終えて坑道から出てきた時はすっかり日も落ちていた。
今日の騒ぎで坑道が一時使用不可になったため、周りには人っ子一人居ない状態であった。
その後、各隊員に夜警の割り振りが発表され、ガルド、マックス、ゼルの3人が坑道入口の見張りとして現地に残った。それ以外にもゴーレム運用部隊が居るため、10名ほど現地に残っている状態だ。
ガルドたちは食事を終えた、坑道の入口付近に仮設された寄宿舎に戻り、交代で休むことにした。
ガルドは先に休むこととなったが、疲れていたのかスッと眠りに落ちた。
しかし、一度だけ目を覚ました。町の鐘の音である。
その鐘は神への祈りの時間を示すものだった。毎日なるわけではないのだが、今日は夜の祈りの日で鐘が鳴り響いていた。鐘が鳴り終わったあと、ガルドはまたすぐ眠りについた。
その後夜中に目を覚まし、ゼルと交代するために寄宿舎を後にした。
ゼルは坑道の入口付近でコーヒーを飲みながら夜空を見上げていた。
「ゼル。交代だ。」
そうガルドが声を掛けるとハッとして振り向くゼル。
「ガルドさん、了解です。」
「何たそがれてたんだ?ひょっとしてエミリーちゃんの事か?」
ガルドがニヤニヤしながらそういうと、ゼルは真剣な顔をしてガルドを見た。
「な、なんだよゼル?」
「ガルドさん…俺、エミリーに告白しようと思ってるんですよ。」
「あぁ…そうか。」
「え?驚かないんですか?ガルドさん。」
「いや、俺はとっくに付き合ってるもんとばかり…」
そういうと、ゼルは顔を真っ赤にする。
「そ、そんな簡単には言えませんよ!大体…俺なんかで良いのかな?って考えこんじゃって…」
それを聞いて、ガルドは本当に深いため息をついた。
「あのなゼル…エミリーちゃんは最初からお前のことした見てねーよ。そんなの赤の他人の俺が見たってわかるぞ?さっさと告って、さっさと付き合えよ。」
「え?エミリーってそうなんですか?ガルドさん?」
それを聞いたガルドはもう一度大きなため息をつき「さっさと寝ろ」と言った後、コ
ーヒーを取りに行った。
翌朝
特に坑道内に動きはなかった。それどころか、魔物すらいない状態であった。
ガルドたち3人は朝の支度を済ませるとそのまま町の入口へ移動した。
例の新領主が到着するようである。ガルドたちが着いたころには、他の隊員もアリアも全員が揃っている状態だった。
「3人とも、昨日はご苦労だった。特に異常はなかったか?」
アリアが三人を労うために声を掛ける。
「えぇ、虫一匹いない平和な夜でしたよ。それで新領主様は?」
「先ほど見張り台から馬車が見えたそうだ。もう間もなくっと言ったところだ。」
それを聞いてガルドたちも列に並ぶ。
程なくして、まず自分たちの同じ青い軍服を着た兵士が約15名ほど馬に乗った状態で町に入っていた。
「全体!敬礼!」
アリアの声を聴き全員が敬礼をする。すると馬に乗っていた兵士たちも一斉に敬礼をする。
その後、程なくして馬車が到着しアリアたちの前で停車する。馬車を運転していた兵士が扉を開くと中から背が高くやや細めの体格、こざっぱりとしており仕立ての良い服を着た男性が降りてきた。歳は50代といったところであろうか。顎を少し触りながらゆっくりとアリアに近づいてきた。
「ウラガン・テルムット様!長旅大変ご苦労様でありました!私はレーラント駐留部隊長アリア・ルミナスであります、以下駐留部隊20名、領主様のお迎えに上がりました!」
アリアがそう声を張り上げ敬礼をし、全員それに続いて敬礼をした。それを見てウラガンも敬礼する。
「ルミナス隊長、そして駐留部隊の諸君、出迎え大義である。早速だが、領主館へ先導してもらえるかな?」
「は!承知致しました!」
そういうと全体行進が始まり、領主館へ向け出発した。道中は町の真ん中を通っていくため、住人がこちらを見てくる。以前より告知があった為、住人も新しい領主が来たことは承知している。
その道すがら、護衛隊の一人がガルドのそばに寄ってきた。
「よお、ガルド・メッシュか?久しぶりだな!」
「ホーキンス隊長?…お久しぶりです!」
「詳しい話はまた後で…だな。会えてうれしいよ。」
そういうとホーキンスは前を向いて行進を続ける。ガルドも久しぶりの再会に嬉し気持ちが出てきていた。
セバン・ホーキンスはアリアの前にレーラント駐留部隊長だった人物だ。歳は51歳。20代の時に戦闘で左手を失ってからは義手を付けている。槍の名手であり、レーラントへはガルドたちが赴任する前から長期駐留していた。というのも、レーラントで奥さんと知り合い結婚したからだ。その後娘が首都にある名門大学へ通う為、またホーキンス自身も本隊から教官としての熱い推薦もあり、家族で引っ越す形で首都バーゼルハイドへ移ったのだ。本人は気のいい親父であり、よくガルドやマックスと共に遅くまでカード賭博をして奥さんに怒られていたことを思い出す。
そんな事を思い出していると、領主館が見えてきた。領主館はこの町でも一番大きな建物であり、白塗りの壁と真ん中の噴水が特徴的だ。正門には常時憲兵が入口に立っていた。
アリアが憲兵に敬礼すると、憲兵も敬礼し門を開ける。そして馬車が中へ入っていく。
すると領主館の扉が開き、中からジェフが出てくる。そして馬車からウラガンが降りていき、二人とも握手を交わしながら何か話している。
その後護送の任務は完了となり、アリアが各自に指示を出す。これから建物の中で色々な説明、意見交換などがあるのだろう、ジェフ、ウラガン、アリアとウラガンが建物の中へと入っていった。
後を任されたのはガルドだった。護衛隊に馬の止め場所と滞在中の寄宿舎を案内する。
そしてガルドとマックス、ゼルが鉱山の入口の警備に戻ろうとすると、ホーキンズが声を掛けてきた。
「この町は変わらんな。しかし二人とも本当に久しぶりだな!」
「オレもガルドもいつも通りですよ!隊長もお変わりなく…ってもう教官って呼ばないとですね。」
「ハハハ!お前らに教官なんて呼ばれると気持ち悪いわ!今まで通りでいいぞ!」
「じゃあ…あらためて、おやっさん、お久しぶりです!」
「おう!ガルド、マックス、久しぶりだな!そして、あのゼル坊が兵士になったとはな!」
ホーキンスがニヤニヤしながらゼルの方を向いた。
「やめてくださいよホーキンスおじさん、でも本当にお久しぶりです!ニーナは元気にしてますか?」
「おう!今大学にせっせと通ってるよ。しっかし娘と遊んでいたゼル坊がなぁ!立派になって!」
余程うれしかったのか、ホーキンスはゼルの頭を撫でまわす。そして、ホーキンスが居なくなってからの出来事や思い出話をしていたが、話題はやはり昨日の奇妙な事件へと移っていく。
「ほう…そりゃ確かに妙な話だな…」
ホーキンスは顎に手をやり片目をつぶる、過去の記憶を徐々に呼び起こしているように見えた。
「たしか…南部鉱山が廃坑になったときには入口も封印したし、あの封印の中でまさかゴーレムが自然発生するとは考えにくい…」
ガルドも同意見だった。封印の中では魔力維持が難しい。ゴーレムを作り出す低級霊などは封印内では活動どころか存在する事さえ困難である。
「そもそも封印の状態はどうなんだ?」
「今朝の報告では封印は破られていなかった…と言ってましたね。」
ゼルが3人を代表して発言した。その為今日から警備体制は例の横穴と東部鉱山周辺のみに切り替えるという夜警計画の切り替えも聞いていた。
難しい顔をしながら思考を巡らせるガルドたちをを見て、ホーキンスは「ワハハ」と笑い出す。
「お前らがそんな難しい顔するのは、賭博の時だけだと思ったぞ。」
「俺らだって真面目に考えることはありますって。なぁガルド?」
「そうですよ、一応でも駐留部隊なんですから!」
「お前らももちっとは成長したという事か!」
そう笑うホーキンスを見て「やれやれ」とつぶやくガルド。本当にこの人は変わらないと思った。
そんな談笑を続けていると、アリアが坑道へ来たのが見えた。アリアはコーヒーを取ると疲れた様子で椅子に座った。
「隊長、お疲れ様です。」
そう言いながらガルドたち4人はアリアへ近づいていく。
「あぁ…と、セバン・ホーキンス教官ですね?初めまして、後任のアリア・ルミナスです。」
アリアはさっと席を立ちあがり、敬礼する。
「お!ルミナス隊長、噂は聞いてるよ。ここはワルガキばっかりで大変だろうがね!あんたくらい豪胆な人が来てくれてよかった!」
そういうとホーキンスはガハハと笑う。アリアは「アハハ…」と苦笑いしている。
「それで隊長、話し合いはどうでした?」
「ああ…ほぼ予定通りだ。一部変更が出たが…。」
「変更?どの部分がです?」
「実は神父の容体があまり良くないらしくてな…ジェフ代行が代わりを手配してくれたそうだ。」
今回の誓いの儀は公のものだ。体裁を整える為に手配したのだろうと思った。
「それで、その神父からは快諾があったそうで、打ち合わせも兼ねて明日から滞在するそうだ。」
領主の誓いの儀まで後4日と考えると妥当か…とガルドは思った。
「そこでガルド。明日その神父と助手を迎えに郊外まで迎えに行ってほしい。」
「え?俺ですか?」
「ああ、ジェフ代行からの直々の指名だ。お前は通常任務から離れて神父と助手の護衛を頼むぞ。…そういえばジェフ代行は「ガルド君なら絶対受けてくれる!」と言っていたが、何かあったのか?」
ガルドは「あ」と思わず口に出してしまった。「何かあったら」が正に今なのだ。
そして前金で受けている以上断ることも出来ないと思った。
「いえ!何もありません!ガルド隊員、ジェフ代行の命に従います!」
いきなり大声を出したガルドにアリアも少しびっくりしたようだが、そのまま続ける。
「そ、そうか。では任せるぞ。名前はワグナー神父、そして助手の名前はアヤというそうだ。」
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