第1話

朝、輝かし太陽が昇り、まるで世界のすべてに祝福の光をもたらすかのような時間である。


このサーブルク大陸にあるレーラントも例外ではなかった。


レーラントは大陸北部にあるソレイス公国領の鉱山都市であり、出稼ぎの労働者も多い。そんな鉱山街の朝は食料や弁当を買う者で賑わいを見せる。


その中に小さな佇まいのパン屋があった。


店の近くてはパンの食欲をそそる良い匂いがしており、外まで続く人の列が、この店の繁盛具合を示していた。


そんな列の中に一人、黒いボサボサ頭に無精ひげを生やした男が居た。

年齢は20代半ばほど。眠そうな顔をして長蛇の列に並んでいる。間の抜けた顔とは違い、服装はしっかりとしていた。青い軍服、胸には銀色の不死鳥マークのバッジ。それを見れば、彼がソレイス公国の兵士だという事がこの国の住人であればすぐにわかった。


毎朝このパン屋で朝食を買うのが日課の男は、いつもの野菜サンドと肉サンドをもってあくびをしながら列に並んでいた。暫くすると会計が自分の番になり、男は小銭入れを取り出す。


「おはよう、エミリー。今日も繁盛してるな~」


エミリーと呼ばれた少女はカウンター越しに笑顔を見せる。

歳は十代後半。赤茶色の髪を頭巾で覆っており、顔にはそばかすがある。いつもと同じく白いエプロンを身に着けていた。


「あ、おはようございますガルドさん。おかげさまで大繁盛です!ガルドさんは凄く眠そうですね。」


「マックスの野郎と徹夜でカード。昨日はひでぇ目にあったわ。」


「それで…マックスさん、朝からご機嫌だったんですね。すっごい上機嫌でチップまで置いていきましたよ?」


それを聞くとガルドは昨晩の酷い負けを思い出し頭を抱え、財布の中身を確認した。


どうやら昨日の負けは夢ではないらしいと感じ、肩を落とした。


「おはようございます、ガルドさん!」


ふと、後ろから声がする。振り返ると背の高い短髪の銀髪に青い目をした青年が立っていた。彼もまたガルドと同じく青い軍服を着てる。彼の胸元には銅色の不死鳥のバッジが付いていた。


「ゼルか、おはよ。なんだ?恋人に朝のあいさつか?」


ガルドがニヤニヤしながら言うと、ゼルは顔を耳まで真っ赤にする。


「そ!そんなんじゃないですよ!エミリーと俺は幼馴染ってだけで…」


「そ、そうですよ!ゼルとはそんなんじゃ…」


エミリーも満更ではないようで、耳まで真っ赤にした顔を伏せていた。


「ゼル!朝から見せつけてくれるな!えぇ?」


「なんだ?まだ告ってねーのかよゼル?俺が取っちまうぞ?」


そのやり取りを見ていた他の客もはやし立て、店の中で笑い声がこだまする。


二人は顔を真っ赤にしたまま俯いてしまっていた。


ガルドは「若いねぇ…」と少し笑いながら、金を置いて店を後にする。


店から詰所までは歩いて数分の距離だった。その道中でガルドはふと青空を見上げる。


目の前には青く平和な空が広がった。ガルドたちのようにソレイス公国首都から派遣

されてきた兵士は数人いる。この鉱山町レーラントでは、鉄鉱石や石炭など数多くの鉱石が採掘できる鉱山がある。


しかし、この鉱山では度々魔物の被害が報告されており、その鎮圧と賊などから鉱山を守るために第三方面軍から駐留部隊を派遣しているのである。


とは言うものの、最近では魔物もほとんど駆逐されており、偶に出動依頼が掛かる程度だ。


特に3年前に2つある坑道のうちの一つが廃坑となってからは更に暇になったと感じている。


同僚の数名は既に別の場所へ移動したが、ガルドはこの町を気に入っており、出世に全く興味が無いガルドは、自らの意思で依願駐留しているという状態だった。


詰め所につき扉を開けると、最初に飛び込んできたのは昨日自分との掛けに勝ち意気揚々としている同僚の姿だった。


「よう、ガルド!昨日は楽しかったな。」


「マックスてめぇ…」


ガルドはマックスを睨みつけたが、勝負ごとに負けたのは自分のせいだと冷静になり、やりきれないため息をついたあと彼の隣の席に座り、勝ち誇っている同僚、マックス・ヘルガーの事を考える。


マックスはガルドと同じく4年前に駐留してきた兵士の一人で、ガルドと同じく25歳。昔から金髪をオールバックにしている。最も彼との付き合いは訓練生時代からで、何故か常に同じ部隊、同じ階級であった。


派遣が決まった際はレーラントの田舎ぶりに文句ばかり言っていたが、いつの間にか気に入っており、ガルドと同じく依願駐留している状態である。昨晩はガルド、マックスを含め4人でカード賭博をしていたが、結局マックスの一人勝ちという状態であった。その中でもガルドは負けが込んでしまい、財布の中身がほとんど残っていなかった。


(給料日までどうやって過ごしていくかね…)


そんな事を考えていると、入口の扉が開き、先ほどパン屋で冷やかされていたゼルが入っている。


「おはようございます、マックスさん。」


「よう色男~。今日もエミリーちゃんにアタックしてきたか?」


マックスがそう茶化すとゼルは「違いますって!」と言いながら自分の席に座った。


ゼル・トンプソンはまだ訓練を終えたばかで、数か月前に派遣されてきた兵士である。本人がレーラント出身という事で、地元住人とのパイプ役を任され派遣されてきた。まだ18歳であるにも関わらず、剣の腕はなかなか筋が良いとガルドは感じている。また、魔術に関して言えばゼルの方が詳しく、扱いも慣れている。


「よし、全員そろっているな。」


突如女性の声でそんな言葉が耳に入ってくる。するとその場にいた他の隊員も含め全員が立ち上がり女性の方を向いた。


外見は20代後半、少しつり上がった黒い目に黒く長い髪。スタイルの良い女性であったが、ガルドたちと同じ青い軍服を着ていた。不死鳥のバッジの横に金色の王冠のバッジが付いていた。


『アリア隊長に敬礼!』


全員が胸に手を当てる。これがソレイス公国式の敬礼だった。アリアは敬礼を返す。全員が席に着くと、程なくして全員に資料が配られる。


「さて、先日から話していた通り、明日には新しい領主様がお見えになられる。そこで本日は改めて今後の流れと明日からの任務について説明する。」


ガルドは目の前の資料に目をやった。平和なレーラントであったが、現在ちょっとした騒動が起こっている。


それは2週間、この町に本国から派遣され、50年に渡ってレーラントを発展させてきた領主が病でこの世を去ったのだった。元々肺を患っていた彼は最後の日も忙しく働いていたそうだ。


そしてその日の夜、突然倒れてそのまま息を引き取ったと聞いている。


死因については肺の病が原因との事で、既に彼の遺体は領主館の裏にある山に埋葬され、近くその功績を称えて大きな墓標が完成する予定だ。


そして、明日新しい領主が首都より派遣されてくるのだ。新しい領主としての就任後最初の仕事は「領主の誓い」という就任を知らせる政である。これは領地に住まう者に顔見せと政策の発表、教会での誓いを立てるものである。


この日は鉱山も休みとなり、町の中心地では出店なども用意される予定だ。


ガルド達駐留部隊はこれの警護が任務となり、今回護衛を担当している部隊も領主誓いの終了までは一時駐留することになる。特にこの地域は前領主の就任期間が非常に長かったため、多少の混乱が生まれる可能性や、機に乗じて賊が仕掛けてくる可能性があると本部は考えているようである。


最も4年ここに駐留しているガルドからすればかなり偶発的な事だと思った。


確かに前領主の支持はすごかったが、この町は炭鉱の町であり、ほとんどが外部からの人間なのである。時期が来れば里に帰り、また違う出稼ぎが来るという流れの為、この町に昔から住んでいる住人は意外に少ない。


また、賊という線もガルドが駐留してくる前にいざこざがあったようだが、ガルドが来てからは賊関連で事件はほとんど発生していない。発生したとしても1人、2人の小さな集まりばかりであった。


「…という訳で、しばらくは護衛部隊数名も警護に加わる。全体の指揮は引き続き私が行うことになっている。着任から5日後には予定通り領主の誓いが行われ、そこからは我々も通常任務に戻る。何か質問は?」


全員が沈黙を持って答えた。その後「解散!」の声と共に装備を整え、ガルドはマックスと共に朝の見回りに出かけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る