第51話【いつもの朝】
10月8日(火曜日)の朝。
橘涼介は元気に頭を強く壁に打ち付けていた。
「死にたい死にたい死にたい死にたい」
昨日は風邪のせいで正常な判断が出来ておらず、あんなふうになってしまった自分を攻めていた。
「はぁ……」
真っ赤に腫れている自分のおでこを撫でながら必死に忘れようとしていた。
撫でる……
「ぁぁぁぁ」
また昨日のことを思い出し頭を打ち付けるその無限ループに入っていた。
今度こそ本当に落ち着きを取り戻した。
時刻を見てみるといつの間にか結構な時間が過ぎていた。
「学校行くか」
2週間前だったらそろそろ出る時間だが、最近はギリギリまで眠っていたため、この時間に学校に行くのは久しぶりだった。
凛華にどんな顔して会えばいいかなんて分からないが、とりあえず会うことを決意した。
◇◆◇◆◇◆
凛華は枕に顔を埋めていた。
昨日の夜、家に帰ってからずっとそんな状態だった。
普段はつまらなそうにしている涼介がめちゃくちゃ甘えてきて、思わずやってしまったことに対して後悔ではなく、恥ずかしさを覚えていた。
うぅ、先輩にあんなことしてどんな顔で会えばいいんだろう……
しかも、私が先輩に気があるようなこと言っちゃったし……
でも、あの時の先輩可愛かったなぁ…
涼介のことは知人の中では好きな方だが、異性として……となったら話は別だ。
「そろそろ学校に行かなくていいのかい?」
急に扉が開いたかと思うと司だった。
「ノックをしてください」
「したんだけど、反応がなかったからさ」
どうやら自分は周りの音が聞こえなくなるくらい気にしていたようだ。
その事がわかると叫びたくなった。
「もう家を出るところだったんで大丈夫です」
「そうかい」
今自分がこうなっているのが涼介のせいだと思うと一つだけ言いたいことがあった。
「先輩のバカ」
◇◆◇◆◇◆
いつもの曲がり角に近づくにつれて自分の心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。
初めての場所に向かうようなワクワク感ではなく、心配でそうなっていた。
挨拶はできるだろうか。
会話はできるだろうか。
まず、どんな顔で会えばいいのだろうか。
そんなことを考えながら曲がり角に向かっていた。
◇◆◇◆◇◆
2人は同じタイミングで曲がり角に着いた。
そのため、お互いもう逃げることができない状態だった。
「お、おはよう…」
「……おはようございます」
お互いにぎこちない挨拶。
挨拶をすると共に歩き出す。
最近は合っていた足並みが合わなくなっていた。
涼介が少し前に行ってるから凛華はそれに追いつこうとスピードを上げると、逆に涼介はスピードを落としていた。
2人はそんなことを繰り返していた。
お互い無言で気まずい沈黙が流れる。
「え、えーと……もう風邪は大丈夫ですか?」
先に凛華が沈黙を破った。
「お、お陰様でな」
「そ、そうですか
なら良かったです」
そして終わる会話。
再び沈黙が流れた。
「最近昔通っていたスイミングスクールに少しの間だけ行ってたんだ」
「それは良かったですね」
「あぁ、昔の仲間と話せたりして嬉しかった」
また沈黙が流れる。
「私は蛍ちゃんと友達になりました」
「良かったな」
二人が会っていなかった期間の話でもしようとしてみたがすぐに会話が終わってしまう。
だんだん焦れったいと涼介は感じ始めてきた。
「あの先輩、一ついいですか?」
「なんだ?」
「き、昨日のことは忘れましょう
一夜の過ちということで水に流しましょう」
凛華の言い方では別な意味に感じるのでは無いかと思ったがそれを言うのは野暮ってものだと思った。
それに、今後のためにこの流れを壊すわけにはいかなかった。
「そう……だな
お互い昨日は何も無かった
そういうことにしよう」
「そうですそうです」
「俺からも1ついいか?」
「なんですか?」
「お昼をコンビニで買いたい」
「私もコンビニでお昼を買いたいって言う予定でした」
お互い同じことを思っていたかと思うと急に笑いが込み上げてきた。
「何笑ってるんですか先輩」
「お前も笑ってるぞ」
「ふふ、なら一緒ですね」
「あぁ、一緒だな」
2人の足並みが再び合うようになっていた。
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