第50話【後輩からの耳かき】

「えっ」


「だ、か、ら、私の看病はこれからです」


凛華は打ち切り漫画の終わり方のようなセリフを言った。


「いや、帰れよ」


「どうしてそんなに帰らせようとするんですか?

もっと私と遊びましょ」


「いや、俺病人だから、普通に考えて遊べないから」


「さっきもう大丈夫って言ってたじゃないですか」


確かにそのようなフレーズのことは言った。

だから、何も言い返せない。


「お前に風邪うつると悪いから」


少しわざとらしい口調になったがどこかの漫画の主人公のようなセリフを言ってみた。


「棒読み感を隠す努力をしましょう

それに凛華ちゃんは強い子なので大丈夫です」


「そう言って風邪になってるやつが多いからな

ていうか、それもうフラグ立ってるから」


自分だけは大丈夫などということはありえないだろう。

いつかかるか分からないのが風邪の恐ろしいところだ。

だからみんなも手洗いうがいをしよう。


「なら、かかる前に遊びましょう!

今日はいいもの持ってきました」


凛華は涼介の話のいい所だけを繋げた。

そして、バッグから紙を取りだした。


「友達から聞いた男子が看病される時にドキッとするランキングTOP5がこの中に入ってます」


「なんだその頭悪そうなランキングは…」


「ちなみに1位の女の子からのあーんはもうやっちゃったので、また当たった時はもう一度お粥を食べてもらいます」


「さっき食べたばっかなのに鬼かよ!」


思わず反応してしまったが、凛華を帰らせるという目的を忘れていた。


「てことで、引いてください!」


凛華は小さく折られた紙5枚をこちらに出した。


「帰る気はないのか?」


「この中の1つでも実行完了したら帰ります」


「はぁ……さっさとやるぞ」


涼介は渋々紙を1枚取った。

そしてそれを凛華に渡した。


「では、発表します!」


スマホから抽選を発表する時によく流れるBGMまで流している。


「では、私が先輩にやるのとはーーー耳かきです!」


「風邪関係ないな」


「私もそれ思ったんですけど、まぁ、なんかランキング入りしてましたね

とりあえず、先輩の穴をほじくりましょう」


「いや、言い方怖いわ」


◇◆◇◆◇◆


「じゃあ、先輩頭あげてください」


準備している間に覚悟を決めた涼介は言われるがままに頭を軽くあげた。


頭から伝わる凛華の太ももの感覚は柔らかく温かくとても安心した。


「じゃあ早速やっていきますね」


ゆっくりと耳の中に耳かき棒が入っていく感覚がする。

他人にやってもらうのは少し怖いという気持ちがあったが今は何故か落ち着いた。


「最初は浅いところからやっていきますね」


耳かき棒が耳の中のあっちこっちをかく感覚伝わってくる。

それがとても気持ちいい。


「先輩は誰かに耳かきしてもらった事ありますか?」


いつもとは違い静かな声でそう聞いてきた。


「小学校の時にお母さんにやってもらったな…」


リラックスしている今の状態だとなんでも話してしまいそうだと涼介は思ったがすぐにそんなことを考えることをやめた。

今は何も考えずにただ後輩からの耳かきを味わいたい気分だった。


「そうですか……なら、お母さんが耳かきしてくれた時、先輩がお母さんに甘えたように今は私に甘えてくれてもいいんですよ先輩」


いつもなら「誰がするか」とすぐに言うだろうが今は言葉を発したくなかった。

ただ頭から伝わる感触全てに集中したかった。

凛華も何も反応しない涼介に対していつものように「つまらない」とか言うのではなく、無言で涼介の頭を撫でてきた。


色んなところから伝わる快感が涼介を包み込む。

耳かきでは耳から。

耳かき止めたと思えば頭を撫でてくる。

反対の頭からはずっと凛華の太ももの温かさが。

その全てで安心感を感じる。

この時が永遠に続けばいいと思えた。


「反対やりますから反対を向いてください」


凛華がまた優しい口調でそう言った。

入れ替えるために凛華から少し離れるその時間すらもったえないと思えた。

あと10秒だけ……そう自分に言い聞かせた。

だが結局方向を変えるのに1分かけてしまっていた。


「よく変えれましたね

偉い偉い」


今度は耳かきをする前に凛華が頭を撫でてきた。

「偉い」その言葉を聞くだけで喜びを覚えた。

もっとやって欲しいと思ったが凛華は撫でるのを止めた。


「それじゃあ耳かき棒を入れていきますね」


耳かき棒がまた耳に入ってくる。

入れられる時はまた怖いと思った。

しかし、すぐに気持ちよくなる。


「先輩は甘えんぼさんですね」


そんなことないーーそう否定しようとしても言葉が出なかった。

なんでそう思ったのか自分で考えてみたが、頭が働かない。

なぜ頭が働かないのかも分からない。

分かるのは今この瞬間こそが最高だと言うことだけ。


「お耳ふーふーしますね」


さっきはそんなことをやってなかったと思った。

でも、今凛華に何をされてもいいと無条件の安心感を覚えた。

そして間もなく耳に凛華の息がかかる。

ぞくぞくする。

でも気持ちいい。

3回ほど息をかけられて終わった。


もっとやって欲しい。

まだこの時間が終わりたくない。

最初は早く終わらせようと思っていたことも忘れてしまったかのようにとにかくこの時間が最高だった。


「反対はして貰ってない」


今まで出なかった声がようやく出たかと思うとそんな言葉だった。

自分でも何故それを言ったのか理解できない。

ただ、普段ならそんなことを言うやつなんて気持ち悪いと思うだろう。


「わかりました

ならまた反対向いてください」


まだこの時間が続く。

これで終わりじゃない。

それが嬉しかった。

同時に終わりが近づいてきていることも理解した。


「はい、良くてきました」


反対を向くとまた褒められる。

頭を撫でられる。

最高だ。


「それじゃあ、お耳ふーふーしますね」


そう言われてかけられる息がとても気持ちよかった。

また3回かけられると終わってしまった。


「はい、それじゃあ終わったんで私は帰りますね」


まだ膝枕された状態で凛華がそう言った。

そういう約束だった。

でも、離れたくなかった。

離れたらもう二度と味わえない気がしたから。


「あの…先輩

もう離れてもいいんですよ?」


そう言ってくる。

離れようと頭では思っても行動できない。

言葉も出ない。


「ふふ

仕方ないですね

先輩はすっかり凛華ちゃんの魅力に取り込まれちゃったんですね」


そう言いながらまた頭を撫でてきた。

否定したい言葉も否定出来ない。

ただずっとこうしていたいと思えた。


「でも、先輩これだけは覚えておいてください

女の子は構って貰えないとすぐに飽きちゃうんですよ」


どこか寂しそうなその言葉に、涼介は最近凛華と話せてなかったということを思い出した。


「ごめん」


「これからはちゃんと構ってくださいね

じゃないと私先輩に飽きちゃいますから」


また優しく撫でられた。

先程の凛華の言葉は嬉しそうだった。

そして、涼介は今この残り少ない瞬間を最大限味わった。

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