食べてみる!

「最初は家庭風カレーです」


 審査員長の太一には、公平な審査が求められる。なるべく平常心でことにあたらなければならない。だが、太一の心臓は今にも破裂しそうだった。給仕係の優姫が、前屈みになって皿を差し出したからである。おっぱいはいつバニースーツからはみ出してもおかしくない状態だった。優姫は、ライスを右側にするか、左側にするかで悩み、太一の目の前で皿をくるくると回転させた。そのとき、右手がおっぱいに当たったせいで、おっぱいは小気味よく左右に揺れた。その小気味よさに合わせるように、太一の心臓も高鳴るのだった。


「優姫、あと1周させようか!」

「はい。やはりライスは左側ですかーっ!」

「うんうん。そうだよ!」


 本当は、太一はライスがどちら側でも良かった。優姫に1周多くぐるぐるさせて、自身の鼓動を楽しみたかったのだ。


「さぁ、いよいよ食すときがやって参りました!」

「どんなリアクションか、楽しみです!」


 全員が見守るなか、太一はライスを載せた匙を、カレーソースの中に潜らせた。ソースはたちまちライスとライスの間に染み渡り、湯気とともに芳ばしい香りを放った。


「いただきます! あーん。もぐもぐ!」


 一瞬、太一の口が止まった。そして、落ちそうなほっぺを左手で支えた。そしてごくんと飲み込んだあと、吠えた。


「うっまーいっ!」


 文句のない家庭の味だった。それが、太一には1番のご馳走に感じられた。だが、感動も束の間、直ぐに皿毎優姫に下げられてしまった。審査が目的である以上、お腹いっぱい食べることは許されないのだ。


「えーっ、もうおしまい?」

「はい。直ぐに次のカレーをお持ちしますねっ!」


 優姫は言った通り直ぐに次の料理を太一の前に置いた。欧風カレーだ。ライスが盛られたお皿と、カレーソースが盛られたグレイビーボートに別れていて、優姫を悩ますことはなかった。だから、太一は平常心だった。


「いただきます! あーん。もぐもぐ!」


 太一は、さっきと全く同じセリフのあと、さっきと全く同じリアクションをとった。


「なんだか、反応が薄いですね……。」

「ここは、宝石箱系のコメントが欲しいところでした」


 がっかりのしいかとまことだった。

 そしてまた、次の料理が並べられた。パン籠に盛られたナンと、木製の器に盛られたカレーソースだ。ここでも、太一は全く同じセリフとリアクションだった。


「ここまで徹底されると、かえっておかしいものですね……。」

「まぁ、本当に美味しいとこうなるってことにしておきましょう」


 生欠伸のしいかに、頬杖をついたまことが応じた。


「審査発表!」


 キャサリンが宣言。いよいよ決着のときとなった。熱気のあった食堂は一転、厳かな雰囲気に包まれた。

 太一は悩んでいた。一体、どれを優勝にすれば良いのだろうか。家庭風カレーも欧風カレーもインドカレーも、どれも太一にとっては美味しいのだから。


 そのとき、物凄い勢いで審査員席にやってきた者がいた。そしてそのまま席に着き、元気にただいまと言ったあと、太一とは違い3皿同時にしかも混ぜ混ぜしてカレーライスを口に運んだ。


「いただきます! あーん。もぐもぐ! もぐもぐ! ごっくん!」


 あまりの出来事に、誰も何も言えなかった。カレーライスを食べているのは、まりえだった。御町内を走ったせいでまりえのお腹はペコペコ。まるで、飲み物をグィッとやるようにして一気に3食の半分を平らげた。


「うまーい! まるで、ミックスジュースやー!」

「……。」

「……。」


 まりえは、真名井様のご信託のことも、料理大会のことも知らなかった。ずっと走っていたからだ。だから、誰にも責められない。ただ口をあんぐりと開けて、それを見た。太一もしばらくは黙って見ていたが、幸せそうなまりえの顔を見ていると、自分まで幸せな気持ちになっていくのを感じた。


「まりえ、俺にもちょうだい!」

「うん、マスター! とっても美味しいわよ」

「本当だ。さっきまでよりも、もっと美味しい!」


 太一とまりえは、2人だけしかこの世にいないみたいに仲睦まじく、混ぜ混ぜされたカレーを食べた。世界の外側から見ているだけだった他のみんなも、1人また1人と、太一たちに近付き、カレーを食べはじめた。


「確かに、美味しいわ」

「味の化学反応やね!」

「ほっぺもおっぱいも落ちちゃいそうですわ!」


 結局、『第1回 光龍大社 料理大会』は、優勝者なしで幕を降した。全く違う3つのカレーを混ぜ混ぜしたらもっと美味しくなるように、みんなで力を合わせれば、より大きな力を発揮できるのかもしれないと、ここにいる誰もが思った。

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