ゴング
迷彩服を着た大会組織委員長兼カメラ兼雑用のキャサリンが、カメラのケーブルを捌きながら移動して、BGMを流した。プロレスでもはじまりそうな勇ましい曲だ。それを合図に、廊下に待機していた3人が順番に台所の入り口に立った。
「選手の入場です。キッチンコロシアムに集うは、3人の料理人。順にご紹介します!」
しいかの声は淡々としていて冷静そのものだったが、何故か太一の胸は高鳴り、ドキドキが止まらなかった。しいかはその様子を横目に見たあと、原稿に目を落とした。
「カレーは日本の国民食。幼子からお年寄りまで、みんな大好き。どこの家庭にもあるようなカレーこそが最高と豪語する、飛鳥選手。制服姿も前掛けをつければ華麗な料理人に大変身。挑むは家庭風カレー」
アナウンスに合わせ飛鳥が入場、鉄壁のスカートをひるがえすが、中は見えない。
太一は、学校ではあり得ない飛鳥の前掛けスタイルを見て、素直にかわいいと認めた。
「家庭では決して真似のできない名店の味。それを知る者が光龍大社に降臨。キュア選手お得意のメイド服スタイルも、この日のために新調されたエプロンが、華麗さを引き立てます。欧風カレーこそ至極!」
キュアは中央に移動し、ロングスカートの太腿付近をちょんとつまんで膝を曲げ一礼した。キュアの衣装がいつもと違うのには気付かない太一だが、実況を聞いて素直に萌えた。
「歴史と伝統に宿る美しさ。5000年という桁違いの年月を積み重ね、濃厚な味となって現代に存在するインドカレー。純日本人の奈江選手ですが、インドの民族衣装を着込んでの登場です。一体どうやって料理するのかっ!」
奈江は、インド人がやりそうな合掌のポーズをしてウインクを飛ばした。サリーを着て益々知的な印象を加速させる奈江に、太一は舌を巻いた。
「まことさん、見所を教えてください」
「はい。3人とも長髪ですから、髪を掻き上げるシーンが見逃せません」
それまで淡々としていたのが嘘のように、しいかが叫んだ。
「なるほどーっ! そうきますか!」
不意に、奈江が髪留め用の輪ゴムを咥えながら髪を束ねた。
「おっとー! ここで早くも髪を掻き上げるシーンの登場だー!」
「ちょっと早いですね。奈江選手、スタミナが心配です! 保てば良いのですが」
「序盤から激しいせめぎ合いが繰り広げられています!」
3人は、いつでも料理をはじめられる準備を整えた。そしてキャサリンの合図を待った。太一はみんなが張り切って準備してくれていることが嬉しかった。だから、本当は人前で騒ぐのは苦手だけど、あえて大いにはしゃぐことにした。
「3人とも頑張ってーっ!」
太一の声が響くのと同時に、キャサリンがBGMの音量を上げた。そして数秒後に今度はフェードアウトさせて、言った。
「選手、宣誓!」
「はいっ!」
返事をした3人が小走りして太一の前に並んだ。そして高く前へ上げた右手を重ねた。宣誓のポーズだ。決して脇の下を見せているわけではない。
「さぁ、いよいよ選手宣誓です! 一体どんな宣誓となるのかーっ!」
「それほどの工夫もないでしょう!」
まことの言う通り、3人の宣誓はどこにでもあるようなものだった。
「宣誓!」
「我々」
「料理人一同はっ」
「料理人シップに則り」
「正々堂々と」
「闘うことを誓います」
3人の声には自信が漲っていた。プライドを賭けた、決して負けられない闘いだ。3人が元の位置に戻ると、ゴングが鳴り『第1回 光龍大社料理大会』が幕を開けた。
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