3つのカレー

 何故、光龍大社で料理大会が行われることになったのか。

 真名井様の御信託を受けた太一は早速、巫女たちに話を持ちかけた。真名井様に美味しいカレーをご馳走したいと。最初に名乗りをあげたのは飛鳥だった。


「カレーなら、私、作れるよ!」


 飛鳥はレシピ本でも朗読しているかのように、作り方を克明に語った。タマネギ・ニンジン・じゃがいも・豚肉というお馴染みの具材を切り分け、よく炒める。そこにお湯を足して煮込み、丁寧にアクをとり、最後に固形ルウを投入し馴染ませる。どこの家庭にもありそうなカレーだ。

 太一は、ヨダレを垂らしてそれを聞いた。『家庭風カレー』は、幼いころに母親と死別した太一にとっては憧れだった。耳を澄ませば、トントントンッと具材を切る音が聞こえてくるようだった。


「とびっきりの家庭の味を作ってあげるわ!」

「うんうん。美味しそうーっ!」


 これで1度は真名井様に献じるカレーは、飛鳥特製の『家庭風カレー』と決まった。だが、飛鳥に異を唱える者が現れた。アイリスのメイド、ミアである。


「そんなもの、アイリス様のお口に合うはずがありません!」

「なっ、何よ。そんなものって! それに、食されるのは真名井様でしょう」


 ミアの物言いに、ムッとした表情を見せる飛鳥。ミアも1歩も退かず、飛鳥を睨み付けて言った。


「いいえ。どうせあとでみんなで食べるんでしょう」

「くっ……。」


 飛鳥は何も言い返せない。何を隠そう、飛鳥自身も供物としたあとで太一と一緒に食べるのを楽しみにしていたからだ。ミアは完全にそれを見透かしていた。目を優しく閉じ、余裕綽綽といった表情で言った。


「ふんっ。キュアはかつて神保町の名店で修行をしたのです」

「名店……修行……。」


 ミアの言葉は、太一の心をガツンと力強く揺さぶった。太一は予算は気になるものの、名店の味が食べたくなった。


「それはそれは、厳しい修行でした」

「……。」

「その結果、キュアは『至極の欧風カレー』が作れるようになったのです」

「至極の欧風カレー……食べたいーっ!」


 それからミアは、修行の様子を自分がしてきたことのように克明に語った。野菜を水と白ワインで煮込み透き通るまでアクをとった出汁、塩と胡椒だけで炒めた高級和牛、3日間にわたって仕込まれたデミグラスソース。

 太一はミアのいう『欧風カレー』のことを聞けば聞くほど食べたくなり、ゴクリと唾を飲み込んだ。もしかしたら手作りなら予算内に収まるかもしれない。耳を澄ませば、ジュージューと高級和牛の表面を焼く音が聞こえてくるようだった。


「是非、ご賞味下さい! もちろん、お代は全てアイリス様持ちです!」

「はっ、はぁーい!」


 これで逆転、今日の供物はキュアが作る『欧風カレー』に決まった。誰もがそう思ったそのとき、待ったをかける者が現れた。


「欧風カレーなど、たかだか50年の若造!」

「なっ、なんですって!」


 狼狽するミア。少しほくそ笑む飛鳥。古いだけが取り柄の光龍大社で生まれ育った太一にとって、歴史があることは大きな意味を持つ。ミアも飛鳥もそれが分かっているから、それぞれの反応を示した。だが、飛鳥も直ぐに伝統という言葉に押しつぶされた。


「家庭風も、精々150年ってところね。桁が違います!」

「桁が……違う……。」


 白目を剥く飛鳥。2人をまとめて蹴散らしたのは、奈江だった。


「カレーといえば、インドカレー。小麦粉なんて邪道です」

「小麦粉が、邪道だって?」


 カレーは食べる専門の太一にはピンとこなかった。家庭風カレーにも欧風カレーにも小麦粉が使われているが、本場インドでカレーと呼ばれる煮込料理に小麦粉が使われることはない。

 太一は白を混ぜると色が薄まる絵具のように、小麦粉を使うと味が薄まるのではないかと想像した。だから、小麦粉を使わないインドカレーは濃厚にしてスパイシーで、とても美味しいもののように感じた。耳を澄ませば、ことこととインドカレーを煮込む音が聞こえてくるようだった。


「5000年の歴史あるインドカレーこそ、光龍大社に相応しいと考えます!」

「うっ、うん!」


 今度こそ決まり、誰もがそう思った。ただ1人、麻衣を除いて。


「『家庭風カレー』に『欧風カレー』に『インドカレー』。どれが1番かしら?」


 麻衣がそう言うと、件の3人が素早く反応した。


「ほのぼのとした家庭風カレーに決まっているわ!」

「本格的な欧風カレーこそ至極よ!」

「いいえ。伝統あるインドカレーに勝るものはないわ」


 歯をむき出しにして顔を見合わせる3人。一触即発の雰囲気となった。


「じゃあ、みんなで食べ比べましょう!」


 麻衣が言った。これが、光龍大社で初の料理大会が行われることになった理由だ。

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