新生活

エルミールが目を覚ますと、そこは見たこともない天井だった。

 辺りを見渡たす、お世辞にも綺麗な作りとも言えず、寝させられているベッドもシミだらけの小汚い物だ。



取り合えずその場から起き上がろうとする、その瞬間全身に痛みが走る、身体にある傷口の方を見ると包帯などで適切な治療がされていた。



(一体ここは……私を助けた? 一体誰が……私は片耳だぞ? 魔族が助けてくれるとも考えにくい、ましてや人間など……)



エルミールはなどと頭の中で考察を繰り広げていると、部屋の扉を開けて1人の人間らしき少女が入ってくる。



「やっと目を覚まされたのですね、三日も眠っていたのですよ……そうですね、とでも仮にしときましょうか」



そう人間の少女は答える。

 彼女は外見年齢的には自分と同じ程度、ブロンドの髪に端正な顔立ちで修道服に身を包んでいる事から聖職者なのだろう、正直魔族であるエルミールとの相性は絶望的に悪い。



「一体貴方は……?」

「私はネイア・バルカルナ、この村で教会の管理者をやっているものです……と言っても私しかいないのですが……」



ネイアと名乗った少女はそう言い放った、しかしエルミールにある疑問が浮かぶ。

 目の前の聖職者は何故自分を助けたのか、と言う事だ、魔族を目の敵にしている様な連中が態々理由なしに助けるわけがないと。




「一つ質問があるのだが、何で私を? 聖職者であろう? 私が何者かも理解しているはずだ……」

「確かにそうですね、しかし傷だらけで川から流れてきたのに放置するわけにも行きませんでしょう?」

「そうか……しかし本当にそれでいいのか? 見つかれば極刑だぞ?」

「確かにそうかも知れませんね」



ネイアはそう言うと薄っすらと笑みを浮かべる。

 エルミールにはネイアが嘘をついている様には見えなかった、信頼していいとはまだ決まっていないが助けてくれた事には変わりはない。



「そう言えば貴方の名前を聞くのを忘れていましたね、教えてはくれませんか?」



(本名を教えるのはリスクが高いか……)



エルミールはそう思い偽名でを教える事にした、自身の正体を知れば教会本部に突き出される可能性もある。



「私の名前はヘルシア・シャメイル、只それだけの存在……今は他のことに付いては話したくない」

「えぇ、構いません、貴方のその身を見れば大体の素性はわかります……今まで辛かったでしょうに……」



ネイアは憐憫しているのだろうか、どこか哀しげ表情を浮かべエルミールにほくそ笑む。

 川から傷だらけで流れてきたのだそれは何か訳ありだと思うのが自然だろうとエルミールは思う。



(だとしてもとんでもないな、魔族の上、更には絶対訳ありなのが見え見えな私を易々と助けて介抱したのだぞ? 何も裏が無いとするならお人好しすぎるだろ……)



聖職者と魔族は相性がとても悪く、仮に庇った事がバレでもしたら極刑は免れないだろう、エルミールが向こうの立場なら助ける訳がない。



「それでヘルシア……動く事は出来ますか?」

「まぁ、そう遠くに行く訳ではないなら……」

「それは良かった、小さいですけどこの教会の案内と食事にしたいと思ってて、三日も眠ってたんです、お腹も空いてるでしょう?」

「確かにそうだな、好意に甘えさせてもらうよ……」



エルミールはネイアに案内され、教会内を見て回ることにした。



 教会の中はエルミールがいた部屋とほぼ同じ作りの客室が三つとネイアの自室、調理室兼ね備える居間、そして小さな礼拝堂がある程度で教会として見れば極小の部類だ。



「それで一つ聞きたいのだが、此処は何処なんだ?」



礼拝堂を案内された後、居間の古びた椅子に座り、ネイアが作った料理を食べていた。

 と言っても豆が少し入ったスープと乾燥したパンのみとエルミールには余りにも質素過ぎる物だったが態々いただいているのに文句は言わない。



「此処は神聖帝国領の外れにある村です、ほんの少し前までハズドレシア王国の領土だったんですけどね」

「神聖帝国⁈ そんな遠くまで……」



神聖帝国は魔族と敵対している国家の中で最も強大な部類に入り、人間至高主義を掲げる国家だ。

 魔族領とは砂漠とその中心に連なる山脈により隔てられておりかなりの距離がある。



「それだと尚更、私の存在は不味くはないか? エルフと言い誤魔化す手も効かないのだろう?」

「だからと言い一度助けた人を見捨てたりはしませんよ」

「そうか……ならせめて手伝える事は無いか? 流石にただでいさせてもらう訳にも行かないからな」

「そうですね……」



ネイアは暫く頭を考えさせる、正直ただで人を泊まらす程の財力は持っていない、しかし満身創痍の肉体のエルミールに力仕事を任せる訳にもいかないだろう。



「そう言えばヘルシアの身なりはかなり高級な布を使っているみたいですが貴族の方だったのでしょう、と言う事は文字は書けたりします?」

「まぁ一応、人間の文字なら苦も無く書けるが……」

「ならばヘルシアに聖書の書き写しをお願いしたいのですが……実は納期が近くてですね、終わりそうに無いんですよ……」

「それくらいでいいなら幾らでもするぞ」

「助かります、本当に困ってましたので……」



ネイアはほっと笑みを見せる、ネイア曰く納品に間に合わないと年俸の半分を削られるらしい、どうやら聖職者と言う仕事もエルミールが想像してた程、楽な業務では無いようだ。



「ああ、それと言い忘れていました、お体の方が大丈夫であれば村を紹介します、村の皆様も心配されてましたしね」

「魔族の私を心配? 人間が?」

「いやまぁ……それにも訳があってですね、とりあえず村を見てみればわかると思います」



ネイアは少し戸惑ったように答える、エルミールにはその真意を理解する事は出来ていないが何かしらあるのは明白だ。

 まぁ村をみればわかるだろうと思い、エルミールは余り気にはしなかった。



「それでは、食べ終わりましたら早速行きましょうか」

「わかった、そうさせて貰おう」



エルミールはそう言い、カチカチに固まったパンを口に運んだ。

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