不安
少女の目が覚めて初めに感じたのは体を受け止めてくれる柔らかな羽毛の感覚と人肌特有の温もりだった。
ベッドに寝かされ、その横には誰かが座っており、母のように優しく頭を撫でている。その手があまりにも心地よくて、つい甘えるように頭を押し付けるとクスリと微笑ましそうに笑う声が聞こえた。
それは慣れ親しんだ母の声ではなく、怖くて恐ろしいあの女の声だ。
「あ、起きましたか?おはようございます」
「ぉ、おはようございます」
「昨日頑張った甲斐がありました〜、ちゃんと敬語でお話できて良い子ですね」
「ありがとう、ございます」
何故か女は執拗に敬語を使わせる。昨晩、少女が少しでも敬語を使わないと激しく責め立て、時には痛いぐらい強くした。少女にはそこまで怒る理由が一切分からなかったが、痛いよりも気持ちいいことの方がマシだと思い敬語で話すように意識した。
おそらく過去に何かがあったのだろう、だからと言ってそれを知る必要性は一切ないので気にしたりはしない。
少女にとって女の過去よりも、怒らせない立ち回り方を知る方が重要である。
「そういえば昨日から何も食べてませんでしたね、何か食べたい物はありますか?」
「いえ、そんな、大丈夫です」
「私としてはまだ死なれては困るので遠慮しないでください。ちゃんとお答えしないなら痛くしますよ」
「それなら、パンが食べたいです」
「パンですね、分かりました。ふふ、そんなに可愛い顔をしないでください、虐めたくなってしまいます」
歪んだ感性を持つ女にとって怯える表情は可愛いと評されるらしい。年齢問わず自分好みの女性が様々な表情を浮かべているのが好きで苦悶であれ笑顔であれ、可愛いと思うのだ。だからこそ色々な顔を見たい、喜怒哀楽全てを網羅したいと願い行動するのである。そこに相手の意思はなくただただ自分が満足したいという願望しかない。
そんな事では怒りと哀しみしか引き出せないが、女はそれが分からないので一生同じ過ちを繰り返すのであろう。
「用意するのに少しお時間頂くのでおとなしく待っていてくださいね。……決してそこから動かないように」
それだけ言って少女が返事をする間もなくスタスタと部屋を出ていってしまった。
ベッド以外なにもない部屋に一人で取り残され、当てもなく見回してみる。
あの薄暗い地下室とは打って変わって壁は白く、しっかりとした照明のお陰で全体的に明るい。凶器もなく、少女の手足を縛る物もない。
「体は縛られてない、包帯が巻かれてる。もしかして逃げれる……?」
逃げる、それも一つの選択肢だ。ここから逃げ延びて警察に通報さえできれば助かるかもしれない。だがそれは無理な話だろう、なにせ縛られていないだけで体はまだ痛むのだから。派手に動けば傷口が容易に開き、血が流れる感覚に怯むことで足取りが重くなる。それ以前に間取りを一切知らないのだからどこに行けばのいいのか分からず右往左往して、挙げ句の果てには女に見つかることになるかもしれない。
「きっと逆らったらもっと酷いことされるよね、ならやめようかな。怖いのも痛いのも嫌だから……」
自身に掛けられた毛布をギュッと握りながら不安げに眉を寄せる。
毛布からは無理やり抱かれた時に感じた女の匂いがした、皮肉にも安心する匂いだ。
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