選択
誰か殺して、聞き間違いではなく確かに女はそう言った。お願いと可愛らしく頼むようなことではない、少女には到底無理な話だ。だが、それがどうした。今の少女は生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのだから、やれと言われたのならやるしかない。それでも日本で平和に暮らしてきた少女にとって、殺人とはもっとも忌避すべき所業である。
「殺せって言われてもそんなのできない……」
「できないじゃなくて、やるんです。それとも先にあなたが死にたいですか?」
女からすれば少女の見た目が好みだったから殺さないだけであまり執着する理由はない。
このまま拒否し続けるなのらすぐさま少女を殺し、新しい女を見つけ、いたぶり、壊し、犯すだけ。
女にとってそうする事は生きるのと同義だ、だから死ぬまで止まらない。
「でも……」
「はあ、もういいです。できないと言うのならあなたのお友達やご家族を殺していきます。えっと、ゆりさん、さくちゃん、かえでちゃんでしたっけ?」
「何で皆の、名前を?」
「これから仲良くしようと思ってる子の交遊関係や家族構成を調べるのは当然です」
さあ、これで完全に退路が断たれた。先ほどまでなら誰も殺したくないから私が死ぬと言えたが、自分の後は家族や友人が死ぬと聞いてしまったのなら道は一つしかない。
赤の他人と大事な人達、天秤が傾くのは誰だって同じ。人質を取られてしまっては仕方がない。醜く浅ましい建前をつらつらと頭の中に浮かび上がらせながら少女は自分を正当化していく。実際、仕方がないと言える状況ではある。だが、それは正当化してもいい理由になりはしない。
「それで、お返事はどうしますか?」
「誰か……殺す……」
「声が小さいのが気になりますが、まあいいです。あと、目上の人間とお話する時は敬語を使いましょうねっ」
「あぐっ」
せめてもの抵抗として敬語を使わないようにしたが、情け容赦ない平手打ちと女の機嫌を損ねた結果しか得られなかった。今回は凶器を使っていないだけまだ幸運だったかもしれない、ボロボロになるまで痛めつけられた少女にとってただの平手打ちでも相当こたえるのだから。けれどこれでもう苦しい思いはしなく済む、何の根拠もないが少女はそう思っていた。自分が死にかけていても、殺人を躊躇う優しい少女がそれに加担すると言った原因はこれである。人質の件もあるが、何よりも誰か殺せば自分は助かると思っていたから了承したのだ、もしかすると気持ちの比率的には後者の方が強いかもしれない。
「あの、殺したら帰ってもいいんですよね?」
「え?誰もそんなこと言ってないですよね?」
「だって、誰か殺せば許すしてくれるんじゃ」
「ん~?許すだけで帰すとは言ってませんよ?」
「ぁ……」
少女は何故、殺しと引き換えに助かると思っていたのか、限界まで追い詰められ頭が正常に働いていなかったからかもしれない。まあ、許すと言われ勘違いしてしまうのは無理もないが。
そもそも女はそこまで怒っていないのだ、ならばどうして少女に誰か殺せとお願いしたのかと言うと、人が人を殺す場面を見てみたかった。たったそれだけ。
「ま、このお話は一旦終わりにして、さっきの続きをしましょうか。大丈夫、痛くしませんから、むしろ気持ちいいことですよ?」
「そ、そんなとこ、触っちゃダメっ」
「また敬語を使えていないのが気になりすが、可愛いお顔に免じて許します」
初めての感覚に戸惑う少女だが、この女の手に掛かれば直に慣れるだろう。拷問なんぞを趣味に持っている癖に愛撫の手つきは誰よりも優しいのだ。
拷問で摩耗しきった体と心の隙間に優しく快楽を与えるのだから全くもって度し難い女である。
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