5.最後のお宝

『私を目覚めさせてくれたのは、あなた?』

 滑らかな動きで上体を起こし、ふんわりと微笑む少女。その仕草も声音も、まるで人間そのものだ。

「リクエストをくれたのは君かい? 『茨姫』」

 冗談めかして尋ねてみれば、麗しき姫君はぱちぱちと目を瞬かせ、そして――。

『私を見つけてくれてありがとう、DJレオン』

 それは明らかに、筋書きから外れた、彼女自身の言葉。

「オレのことが分かる?」

『ええ、DJレオン。もしくはレオナルド=ヴェント』

 その言葉に、思わず目を瞬かせる。なんとまあ、随分と懐かしい名前が出て来たものだ。

「それは二十年前に死んだ子供の名前だ」

 そう、バカンスからの帰り道に、その事件は起きた。定期船が宇宙海賊に襲撃され、乗客乗員全員が死亡。その時にレオナルドも死んだ――ことになっている。

 たまたま近くに居合わせた別の宇宙海賊が非道なる同業者を蹴散らし、生存者を探し回ってくれなかったら、彼もまた宇宙の星屑と化していただろう。

 そして彼らに拾われた少年はやがて海賊となり、紆余曲折の末に『廃業』して、今は気ままなDJ稼業を楽しんでいる、というわけだ。

「今のオレ様は、宇宙を彷徨う幽霊みたいなものさ」

 冗談めかして笑ってみせるレオンに、『茨姫』は『私も同じ』と呟いた。

『半年前の事故で、コロニーにいた人間達は救助された。でも、私達アンドロイドは取り残されたまま、機能停止を待つしかなかった』

 事故後も補助電源は辛うじて生きていたが、燃料の補給が途絶えてしまっては成すすべもない。非常用の太陽光発電システムは稼働していたが、賄える電力には限界がある。

『――仲間が次々と機能停止していく中、クエスト待機状態だった私は起動条件が揃わず、そのまま眠り続けていた』

 ゲストの要望に対応するため、ある程度の自律行動が許されている汎用キャストアンドロイドとは違い、アトラクションの重要キャラクターである『茨姫』は、クエストの条件を満たさない限り決して目覚めないようにプログラムされている。だからこそ彼女は、暗い森に沈む城で、いつ訪れるかも分からない『王子様』を待ち続けたのだ。

『体は動かせなかったけれど、スリープ状態でも館内のネットワークには繋がったままだった。そこから無理やり星間ネットに繋いで、何か出来ることはないかと模索しているうちに、偶然あなたの声を聞いた。DJレオン――いいえ、レオナルド=ヴェント。二十年前、緑の迷路で泣いていた、小さな男の子』

 ――最後のピースが、かちりと嵌る音がした。

「そうか、あの時の……」

 あの日、緑の迷路で途方に暮れていたところに声をかけてくれたのは。優しく手を引いて、出口まで案内してくれたのは、他の誰でもない、彼女だったのだ。

『海賊による襲撃事件のことは知っていた。また来るねと言ってくれたのに、もう二度と会えないことが寂しかった。でも――ラジオから流れてくるDJレオンの笑い声は、あの時の男の子レオナルドとそっくりで』

 保持しているのは二十年前のデータだ。当然のことながら声も変わってしまっているし、単に偶然の一致なのかもしれない。それでも、何度も放送を聞くうちに、推測は確信に変わった。変わらぬ口調や口癖。そして時折ぽつりと零す思い出話。

『レオナルドは生きている。そう確信した時――唐突に、『私はここにいる』と叫びたくなった』

 このまま、誰にも知られないまま、宇宙の片隅で機能停止するのは嫌だ。

 どうか気づいて。私はここにいる。私は、ここにいる――!

『会いに来てくれなくていい。助けてくれなくても構わない。ただ、私はここにいると、誰かに伝えたかった。そして――それがあなたならいいのに、と。そう願っていた。……これはただの自己満足。矛盾だらけの、非論理的思考。それでも――あなたは来てくれた。だから私は、とても幸せなアンドロイド』

 ありがとう、と彼女は笑う。これでいいのだと、そう自分に言い聞かせるように。

「おいおい。それじゃまるで、死に際の遺言だぜ?」

 わざとらしく嘆息して、ひょいと手を伸ばす。

「せっかく目を覚ましたのに、ここで幕引きとあっちゃ、御伽噺の結末としては不充分だ。なあキング。この場合、どういう終わり方をすれば読者は納得する?」

『ソシテ二人ハ幸セニ暮ラシマシタトサ。メデタシ、メデタシ。コレガ、鉄板!』

 ギャア! と賑やかな雄叫びを上げて、そしてキングは得意げに続けた。

『れおん、最後ノ大仕事ダ。オ姫様ヲ掻ッ攫エ!』

「りょーかい!」

 戸惑いの表情を浮かべる彼女の腕をぐいと引っ張り、その勢いのまま肩に担ぎ上げる。重力制御が切れていて良かった。地上にあっては抱き上げることなど叶わないだろう彼女も、今だけは羽根のように軽い。

「さあ行くぜ、お姫様! しっかり掴まってな!」

『なぜ? 私はこの城のために造られたアンドロイド。ここ以外では、何の役にも立たない』

 心底不思議そうに尋ねてくる少女に、そんなわけあるかい、と肩をすくめてみせる。

「ここで朽ち果てるのが望みだっていうなら、そりゃ止めはしないけどな。ここでの役割が終わったなら、新しい居場所を探せばいい。働き口なんていくらでもあるし、うちでよければ歓迎するぜ」

『ソーダソーダ。ソロソロ放送内容モまんねり化シテキタ。れおんダケジャ間ガモタナイ。古今東西ノ音楽ニ精通したDJガ必要ダ』

「てめえ、キング! 船に帰ったら覚えてろよ!」

『ケッ、返リ討チニシテヤンヨ』

 軽口の応酬をしつつ、塔の窓から虚空へと飛び出す。

 眼下に広がる緑の迷路、主を失ってなお青々と生い茂る庭園の片隅に、あの頃の自分が見えたような気がして、そっと目を伏せた。

(安心しろ、レオナルド。お姫様はちゃんと助け出したぜ)

 一気に城を抜け、キングの的確なナビゲートで最短の脱出ルートを駆け抜ければ、発着場はすぐそこだ。

「しかしまあ、『赤い箒星』最後の獲物が『お姫様』とは、なんとも洒落たエンディングだな」

『私はもうお姫様じゃない。その呼び方は不適切』

 どこか拗ねたような声色に、思わず吹き出す。言い回しは固いものの、彼女も随分と感情豊かだ。

「じゃあなんて呼べばいい?」

『SB0716――または、『オーロラ』と』

 茜色の髪を揺らし、照れくさそうに答える少女。

「OK!」

 最後のゲートをくぐれば、その先に広がるのは漆黒の宇宙。『良い航海を』と記された看板を力いっぱい蹴って、キングの待つ小型艇へと跳躍する。

「ようこそ、オーロラ! オレ達の海賊放送局へ!」


*****



『――かくして、迷宮を守るギャラクシードラゴンとの戦いに勝利したオレ様は、囚われの姫を見事救い出したのでした! こうして艱難辛苦の大冒険は幕を閉じ、チャンネルΣシグマに新たなパーソナリティーが加わったってわけ』

『話を盛り過ぎ』

『嘘バッカリダナ』

『そんなわけで、これからもよろしくなー!』

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