第53話 vs蛮勇の愚者

ここ日英全軍の特別施設。

この施設は、路床にあるわけではなく、地下にある。

有事にはシェルターとして使うこともでき、かつ軍の訓練施設としても使える優れものの巨大建造物、いうなれば掘削物だ。

地下水が流れる層のさらに奥に作られているため、入るには転移魔法陣をつかえる魔法師が必要であるが、軍の隊員は、転移魔法陣のそばにいる守衛三人に証明するものを見せることによって、ここに入ってくることができる。

大きさは、0,5km^2。

某テーマパークとほぼ同じ大きさである。

秘密の施設等ではなく、一般の人々もこの施設の存在を知っているが、勿論軍用の施設ということでメディアが入ったことはない。

加えて、地下にあるため、誰の邪魔にもならないから、非難の対象ともならなかった。

三年前、日英全軍結成にあたり、日本国憲法の改正が急務とされたが、国際世論、そして国内世論の大多数の賛成により、歴史上初めて憲法改正がなされた。

魔法と言う兵器となりうるものが登場した以上、このまま平和主義による戦力非保持を貫くようでは、他国に侵略される危険性があったことは、誰の目にも明らかであったからである。

しかし、それから数年の間は、憲法改正に準じる国立衛術協会の設立と、そのプロ―モーション能力の高さ故に、日英全軍が日の目を浴びることは少なくなった。

そして、現在、地下の軍用施設の特別戦闘場に、青年二人が立っていた。

周りには、多数の人々がその動向を見守っている構図だ。


(「俺がこいつを倒して、大好きな太陽坂の護衛になってやるんだ…!!)

戦闘場にたつ青年のうち背が低い方、海原 敏樹はそんなことを思っていた。

(「あんなに大見え切ったんだ、ここで負けてしまっては、俺の男としてのプライドが許さない…。それに、軍の力を利用して太陽坂の護衛をしようとするこの野郎を、俺は打ち砕かないといけない!!」)

海原の性格は、実は真面目で、正義感が強かった。だが、この男には致命的な欠点があった。それは、好きなモノや、憧れているモノに対して盲目になり、さらにタチの悪いことにそれに近づく為の手段をいつも間違えるという特性があることだった。後、絶望的に口が悪いのと、自分の力を過信しすぎる癖があった。

かつて、太陽坂の護衛になりたかった海原は、運営会社へと、直談判しに行った。だが、その時告げられたのは、護衛がすでに決まっていた、という事実だった。

海原より一位下の老人に、護衛を奪われてしまったのだ。ここで、海原は間違った選択をしてしまう。

普通に思慮すれば、老人の年齢的に、長くは護衛を務められることは不可能だから、その機を逃さずに直談判すれば、老人よりも一位上の海原は、必然的に護衛に就けるはずだということはわかる。

だが、海原はそこで、実力により護衛を奪い取ろうとしてしまった。社内で暴れた海原は、会社から最大級に嫌われ、衛術協会からも、階級剥奪にはならなかったものの、数週間の謹慎処分を食らった。

しかし、海原は真面目なそお性格故にあきらめなかった。ようやく行き着いた、定年による退職の後釜という選択肢に漸く気づいたのだ。

1年と少し、その機を狙い続けた海原は、護衛という職の特質上公開されなかった、老人の退職という情報を衛術協会上位という立場で手に入れ、再び運営会社へと談判をしに行った。

…もちろん、そんな要求は受け入れられるはずがなかった。

今回は暴れることはなかったが、会社からの彼に対する評価は最悪中の最悪で、それを感じ取った海原は、しばらくの間様子を見ることにした。

そんなこんなで月日がたち、全日本高校魔法剣技大会が開催される。

太陽坂は、いけすかない男の応援役を務めていた。

だが、幸いなことにその男の初戦はあのクライスト。海原は、クライストにこてんぱんにされた過去があり、彼の強さを知っていたため、太陽坂には失礼だが勝てるわけがない、と思っていた。

…しかし予想に反して、新条という男は、クライストを圧倒した。海原も一応戦士の端くれであるため、新条が全く本領を出していなかったのが見てわかった。

新条の能力はすさまじかった。海原はその中継を見ながら、ある不安に駆られていた。

それは、護衛の座をあの男に奪われる可能性がある、ということだった。

海原は高校に行かず、衛術協会に身を置くため、協会のアルカナの選択肢には彼ははいっておらず、全日本高校魔法剣技大会に参加することはできなかった。

そして、不幸なことに新条は優勝してしまった。そこから起きた、悪魔の襲来、通称東京事変をも、彼は鎮圧して見せた。しかも、彼は日英全軍所属で、さらに特務大将、つまりは軍内でも最高位にあることが分かった。

しかし、海原はそれでもあきらめなかった。

そこから海原は、新条の荒さがしを始めた。本能的に、新条にはなにもカラクリがないことを感じていたが、海原は、彼の映像を何回も見ていた時、ある異変に気付いた。

それは、彼が雷によって悪魔王を倒した時、否、他の全ての時でも、彼の周りに魔法陣が出ていない、ということだった。

海原は、魔獣召喚魔法、火属性の大魔法という二種類の大魔法級の魔法が使える魔法師であったため、その異常性はわかった。

そこからは、新条という男を暴くのは一瞬だった。すべての点を線で結び、そして結論にたどり着いたのだ。

「このままでは、太陽坂が危ない」、と。

海原が言っていた、「ずっと気になっていた」という言葉はブラフに近く、偶然見つけたという方が正しい。

そしてその後、新条が護衛に就任するというまだ公開されていない情報を、前述の方法で知ったのだ。

やむを得ず、会社の社員を軽く気絶させ、部屋へと侵入した。


「輝さん、大丈夫なんですか?」

日英全軍の少将、かつこの施設の最高責任者、そして新条の友人でもある青髪の男性、小鳥遊たかなし 蒼成そうせい(20歳)が輝に話しかける。

「ああ、大丈夫だ。理事会には後で俺が話を通しておく。だから、この戦闘の審判を頼む。これは大事な試合なんだ、過去の俺との殴り合いだからな。」

「過去…?まぁ輝さんがそこまで言うならいいんですけど…。審判ですね、わかりました。」

このやり取りがあり、現在へと至った。






輝と、海原は審判の開始の合図を待っていた。

少し静寂が訪れる。

周りにいる太陽坂、そして運営会社の重鎮たち、並びに日英全軍の隊員たちは、事の経過を見守っていた。

「それでは、ルールの説明をします。気絶した方、もしくは戦闘不能と判断されたものが負けとします。魔法の使用は許可、しかし、相手を殺しうるものは使用不可能です。特に輝さん、あなたの魔法は僕でも無効化は出来ないので注意してくださいね!」

「チッ…!」

海原は小鳥遊をにらみつけた。

「…始めます。」

「ちょっと待ってくれ、そう。」

輝は、思いついたように、小鳥遊の合図を制止した。

「ん、了解です。」

「海原、お前の疑いのなかに、身体能力は偽装だっていうものがあったな。」

「ああ!!そうだ!」

「じゃあ、この格好なら疑いは晴れるだろう。」

(「抽出エクストラクション」)

輝の姿は、瞬く間に軍服から黒いタンクトップへと変わった。

肩が露出している格好となる。

「お前…その体は…!」

海原は絶句していた。

出された肩は、軍服を着ていた時はわからなかったが、凄まじくたくましいものであり、筋骨隆々と形容するにふさわしかった。軍人らしく、筋繊維が凝縮された体だった。

「蒼、頼む。」

「…よろしいのですね。では、試合、、開始!!」

小鳥遊の合図で、試合が始まる。


「…来いよ。」


始まった瞬間、輝は海原を挑発した。


「チッ!!言われなくても、そのつもりだ!!」


「食らえ、大魔法『超・炎球』!!」


海原が放った大きな円球は、瞬く間に輝へと接近し、そして、大きな音を立てて炸裂した。


輝は、もろに攻撃を受けた。


「ハッ!やはりこの程度か!」


海原がフラグをたてると、案の定煙の中から無傷の輝が出てきた。


「…。」


輝は無言だった。


「クソが!大魔法『超・炎球』!!」


またもや大きな火の玉が輝のほうに飛んでいく。


輝は、ここで初めて動きを見せた。火の玉を殴ったのだ。火の玉は爆発

し、周囲に衝撃波が飛ぶ。


だが、やはり無傷のままだった輝は、構わず海原へと歩みを進めた。


「て、てめぇ!なめてんじゃねぇ!!刀を使いやがれ!!」


「…。」


やはり無言のまま、輝は歩みを進めた。どんどん海原との距離が縮まっていく。


「くっ!仕方ないか!!」


「魔獣召喚魔法『大オグル』+『大オグル』!!」


海原は、魔獣を呼び出す。

魔獣とは、悪魔界とは別、魔界の生物であるが、魔力を供給することで使役することができる。

召喚魔法以外では魔界と現界はつなぐことはできず、しかも召喚魔法には多大なる魔力を要するため、召喚魔法師は二体召喚出来たら達人だと言われる。海原が衛術協会において上位にいるのは、この魔獣召喚魔法のおかげである。尤も、クライストには通用しなかったようだが。


呼び出された二体の魔獣は、肌は緑色、体躯は三mほどの大型であった。


大オグル二体は、海原の指示に従い、輝の方へと突進する。


「グアァァァァァ!!」


咆哮を放ちながら、二体は拳を振り上げ、輝へと攻撃を放った。


しかし、


「…!」


輝は両側から放たれた二体の拳を、片手ずつで受け止めた。


「グ、ガァ!?」


渾身の攻撃が片腕で止められたことに、この二体も驚きを隠せないようだ。


「あ、ありえない…!!」


海原も苦悶の声を漏らす。


「こんな奴ら…!」


輝は放たれた状態だった二体の拳に向かって、左側のオグルには左手の、右側のオグルには右手の甲で裏拳をかました。


まるで嘘かのようにオグルは吹き飛んだ。戦闘場の端に、大きく衝撃音を鳴らしならがら炸裂する。


「な、にィ…!?」


海原は絶句する。


その瞬間、輝の姿が消える。彼がいた場所には、大きな亀裂が残った。


「な…!」


一瞬で目の前に現れた輝の姿を見て、海原は何もすることができなかった。


輝はそのまま、海原の頬を前方に向かって殴り飛ばした。


戦闘場の端まで吹き飛びそうな勢いで飛ぶ海原だったが、絶妙なタイミングで上空に現れた輝よって、地面にたたきつけられた。


激しい衝撃波が周囲に巻き散った。輝を良く知る小鳥遊でさえも、上司の規格外れの強さに絶句せざるをえなかった。


輝は海原の首を掴み持ち上げた。海原は足をばたつかせる。


「…クソ野郎はお前だ。」


輝はそう呟き、海崎を低く上空に投げたかと思うと、回転しながら海崎を戦闘所の端へと吹き飛ばした。


「輝さん!勝負アリです、やめてください!その子、死んじゃいます!」


小鳥遊は叫んだ。


海原は虫の息、だが、彼の執念は、こんなことで折れるほど脆くはなかった。


海原は小鳥遊の方へ、制止サインとして、グーサインをだした。


「な…、あなたまで!」


輝はそのまま再び海原へと近づいた。


「ま、まだだ…。俺の誓いは、こんなことで折れはしない…!!」


「…。」


「ハァァ!!力を、力を貸してくれ!!魔獣召喚魔法奥義『ギガース』!!!」


独特の音が出て、神話の巨人、『ギガース』が召喚された。


体躯は5m、その力量はオグルよりもはるかに勝る。


その姿を見た輝は、静かに抜刀した。


彼の黒刀は、不気味なほどに輝いていた。


「グァァァ!!」


ギガースは、咆哮しながら輝に近づいていく。


「一閃・裏転りてん虚無桜きょむざくら』」


輝がそう言った瞬間、神話の巨人は無数の斬撃を浴び、瞬く間にその姿は灰燼と化した。


「な…!!ありえ…」


海原がそう言おうとしたとき、輝は再び地面を踏みしめ、海原の目の前に立った。


黒刀の刀身を、海原の顔に添わせるようにして、自身も目線を海原を同じ位置にした。


「こ、降参、だ…。」


海原は白旗を挙げた。


「終了!!勝者、新条 輝!」


小鳥遊がそう叫んだ。


輝は無言のまま納刀し、背を海原に向けた。


「…お前の、強くなろうという信念は評価しよう。」


一呼吸おいて、再び輝は話始める。


「強さだけでは、自分は守れても、他人は守れない。だが、その土俵に立つには最低限度の力は必要だ。…修行し直せ。」


輝はその言葉を言った後、抽出で再び姿を軍服に変え、場を去った。




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