あなたがくれた言葉

「あたし、あんたの髪好きだなー」


なんとなしに呟かれたその言葉。

わたしがあたふたと戸惑っていると、察した千尋はわたしの頬に手を添えてニカッ、と笑いかけてくれた。


「自信持ちなって。あんたは純粋な子だからさ、髪以外にもいいところはすぐに見つかるよ。あたしが保証する」


悪気があって言ってるわけじゃない。自分に自信のないわたしが、『わたしにいいところなんてあるかな』なんて相談を持ち掛けたのだから、こう答えられても仕方ない。

そう。そんなことはどうでもよくて。

わたしはただ、千尋に髪を褒められたことがこれ以上なく嬉しかった。

ただ、それだけの話。



千尋と中学校が別れて。頼る人がいなくなり、人付き合いも苦手なわたしはイジメにあっていた。

彼女と連絡は細目にとっていたけれど、迷惑をかけるのが嫌で中々言い出せずにいた。

だから耐えた。

初めは小さなものだったのが、徐々にエスカレートしていって。言葉だけだったものが、次第に手をあげられるのが増えていって。

先生も見て見ぬフリをするようになって。

それでも頑張って耐えてきた。

千尋が同じ学校じゃなくてよかったと言い聞かせて。いつかは飽きて終わるだろうと言い聞かせて。


でも今度ばかりは耐えられなかった。

トイレに連れ込まれた時のことだった。

普通の暴力に飽きた彼女たちは、徐にハサミを取り出した。

なんでも私の髪が気に入らなかったらしい。

チョキチョキ、チョキチョキとハサミをこれ見よがしに動かすのを見せらつけられ、わたしはなにをされるのかを否が応でも理解してしまう。

暴れた。なにも考えずに必死に抵抗した。

今まで黙ってなすがままにされていたわたしの抵抗に驚いたのか、彼女たちも慌てて思考が冷静じゃなくなり、とにかく切り始めてしまおうとハサミを突き出した。

その先端に私は顔を打ち付け。


ドスリ、と私の目からハサミの柄が生えた。



目を覚ました時には病院のベッドの上だった。

ずっと見守ってくれていた母親が泣いて私を抱きしめ、仕事を早めに切り上げて駆けつけてくれた父もわたしを抱きしめてくれた。

二人はずっとわたしに謝り続けていた。

止めてあげられなくてごめん。私たちに気を遣わせてごめん。もう学校なんていかなくていい。

そんな言葉をわたしは頭の中で否定する。

わたしが学校に通い続けたのは二人のためだけじゃない。

『あの子に心配をかけたくない』。そんな我が儘で、私は両親の反対を押し切り通い続けたのだから、その罰が当たっただけ。

だから二人には謝ってほしくなかった。


ドタドタドタ、と激しい足音と共に病室の扉が開かれた。

千尋は息を切らしながらわたしを見つめていた。


「ど、どうしたのさその怪我」


ここまできてはもう誤魔化しきれない。

震える千尋の問いに、わたしは正直に話すことにした。

執拗なイジメを受けていたこと。髪を切られそうになったこと。その際に髪を庇って目が潰されたこと。

それを聞いた千尋もまた、両親と同じように泣いて謝った。

気づけなくてごめん。力になれなくてごめん。


(違うの。千尋にも謝ってほしいわけじゃないの)


千尋がいまも大切に想っていてくれるのは嬉しい。

けれど、欲しかったのは謝罪じゃなくて。


(わたしはただ、褒めてもらいたかった)


大好きな人が好きだと言ってくれたモノを守るために、片目すらも犠牲にした。

それをただ褒めてもらいたかった。


でもそれがなかったということは、千尋にとってあの時の言葉は大した重みもないもので、何のとりえもないわたしを哀れんでのものだったのだろう。


(馬鹿みたいだなぁ、わたし)


耐えて。引き時を失って。頑張って残したものも無価値だったと知って。

これから先、わたしがなにかを頑張ることなんてできるのだろうか、そんな場違いな不安がぼんやりと浮かんだ。

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殺伐感情戦線 @anirowaif

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